第36話 示談成立?
真央との話し合い以降、僕は家に帰らず、ホテル住まいをしている。あんな真央を見てしまったら、もう一緒に暮らすことはできない。離婚届の準備はしてあるが、真央に書いてもらうのはもう少し後になるだろう。理由は、滝山弁護士から不倫相手に送った内容証明の返事があったとの連絡をもらったからだ。
真央との話し合いによっては、僕が家を出る選択肢もあった。家を出てしまうと、内容証明の返信を受け取ることができない。それを避けるため、返信先は滝山弁護士の弁護士事務所にさせてもらっていたのだ。
若水さんの許可を得て、不倫相談所で今後の進め方を相談させてもらうことにした。
「若水さん、滝山さん、わざわざお時間をいただいてすみません」
「いえいえ、貴方様の状況が一段階進んだということは喜ばしいことでございます」
「相談料をもらっているから気にしなくていい。早速だが、先方から届いた返事を確認してもらおう」
滝山弁護士が差し出した封書を開け、
「えっと、不倫したことは認めるけど期日までに慰謝料を支払うことができないので、1ヶ月待ってくれっていう意味であってますか?」
内容を読む。持って回った書き方が多く、正しく理解できたか不安になり、2回ほど読み直した。それでも不安が消えず、先に読んだであろう滝山弁護士に助けを求める。
「ああ、そういうことだ。それで問題なければ、示談書を作って送るんだ。示談書があれば、お互いに言った言わないを防ぐことができる」
「示談書、ですか?」
「ああ。簡単に言うと、今回の不貞行為は、この慰謝料の支払いで終わりにするということを合意したことを合意する文書だ。示談書はお互いにメリットがある。慰謝料を請求されている側は、不貞行為を口実に何度もお金を請求されることを避けられる。慰謝料を請求している側は、慰謝料が支払われないときに法的に請求できる根拠になる」
「なるほど。言った言わないになると面倒ですからね」
「相応の費用をいただくことになるが、うちで示談書を作ることもできる。自分で作りたいと言うのであれば、それも可能だ。どうする?」
「そうですね。滅多にできない経験だと思うので、自分で作ろうと思います」
「そうか。もし困ったら連絡してくれ。内容証明のときと同じように相談に乗ろう」
「ありがとうございます」
話が一区切りしたので、若水さんに淹れてもらったコーヒーに口をつける。
「慰謝料相場と比べると請求金額が高いのに、減額交渉もないのですね。反省しているのであればよろしいのですが。支払わなければ逃げられると思っている可能性もあるのではないでしょうか」
若水さんの心配は、僕も感じる部分ではある。とはいえ、大きい企業の常務取締役が逃げるとは思えないので、目をつぶっていた。
「裁判になったときの相場よりは高い。ただ、示談となる場合、このくらいの金額はないわけじゃない。それに、奥さんから聞き出した内容を聞く限り、既婚者で夫婦仲が良好であることがわかった上で不貞行為を誘っているからな。もし裁判になったとしても、相手の行為が悪質と見なされて、慰謝料が上乗せされる可能性のほうが高い。それに、示談書があれば、やりようはあるさ」
滝山弁護士の頼もしい言葉に、肩の力が抜けるのを感じた。
「というわけで、次は示談書だ」
「はい!」
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