第34話 妻との話し合い(中)

 とっさの言い訳を信じてもらえたと思った瞬間、僕は無慈悲な一言で真央を叩き落とす。好きで付き合い始めて、結婚した愛すべき女性にする所業ではないだろう。

 しかし、愛して信じていた人からの裏切りとも言える行為を見て、それでも愛して信じ続けられる盲目さを僕は持ち合わせていなかった。

 口を開けたり閉じたりするも言葉を発さない真央に、改めて事実を伝える。


「この写真、全部僕が撮ったんだ。真央たちがラブホテルに入るところを見て、顔が映るように撮ったんだよ。仲睦まじく腕を組んで歩いてるところから見てたけど、こちらに背中を向けていたから写真には納めていない」


「……ち、違う……違うの」


「このラブホテルが気に入っているんだね。必ずここに入っていくんだから」


「違、う……わたし、じゃ……わたしじゃ、ない……」


 両手で頭を抱えた真央は、大きく頭を左右に振り続ける。


「毎週火曜日は、夕方から常務取締役と打ち合わせやリサーチなどに出かけているんだってね。それがきっかけで、大きな案件を契約することもあったと。行きたがる人がいない常務取締役の営業同行をずっとやってくれていて感謝してるって言ってたよ」


 会社の前で待つ真央のもとに、後から出てきた常務取締役の宇貴辺が近づいていく写真を並べる。真央が勤める会社近くのカフェから別の日に撮った写真だ。


「そ、そう……そうなの。これは……仕事、で……」


「ふーん、仕事なら何してもいいんだ?旦那じゃない男とラブホテルに行っても許されるの?」


「や、ちが……違うの、そうじゃ……なくて」


「でもさ、会社の人にもバレてるよ、不倫」


「え……」


 俯いてボソボソとしゃべっていた真央が勢いよく頭をあげて僕を見つめる。


「火曜日の定時後に会社に行ったんだ。真央と連絡がつかなくて心配で来たってね。最初は、真央の先輩が応対してくれたんだ。結婚式に参列いただいたからっていう理由だったみたいなんだけど。で、その先輩から毎週火曜日は役員同行していて、営業や接待に参加してるって聞いたんだ。先輩が連絡してみるって言ってくださったんだけど、心配で会社まで行ったって真央に知られたら恥ずかしいからやめてほしいってお願いしたんだよね」


 一度言葉を切り、飲み物を飲んで喉を潤す。


「先輩の方が戻っていって、僕も会社の外に出たところで、真央の後輩っていう人から声をかけられたんだ。彼女、見ちゃったらしいんだよ。真央と常務取締役が人気のない倉庫でセックスしてるの」


「そ……んな……」


「その場面を見たわけじゃないって。でも、2人がくっついていて、真央が嬌声をあげてたところを見ちゃったんだって。それじゃあセックスしてるとしか思えないよね。彼女、すっごい悩んでたみたいだよ。ハラスメントの相談窓口や人事部に連絡しようとしたけど、見間違えって言われたら証拠がないからね。誰にも言わないでおこうって思った矢先に、僕が登場。これは旦那さん言うしかないって思って慌ててやってきてくれたんだ。後輩の彼女には感謝しかないよ。誰が来るかもわからない倉庫でセックスするとか、ホントありえないよね」


「うそ……うそ、よ……うそなの……っしんご、信じて!」


 真央に肩を掴まれるも、すぐさま払いのける。真央はバランスを崩してへたり込むように床に倒れ込んでいった。


「信じて?何を信じるのさ?」


「……わたしは、しんごがいいの!しんごじゃなきゃダメなの!」


 足元にすがりつき、全力で抱きついてくる真央。

 僕は無感動にその背中に視線を落とした。

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