第31話 作戦会議(中)

「若水さん。僕、離婚します」


「時間に猶予はございます。今この場で決めなくてもよろしゅうございますよ」


 僕はゆっくりと首を左右に振る。


「いえ、たぶん僕たち夫婦の関係性は破綻しているんだと思います。僕の帰りが遅いとはいえ、毎週火曜日はラブホテルに通う。急な休日出勤や長期の出張で僕がいないときには、家にまで招き入れる。不倫なんてするはずない、と。そう信じていたのに」


 今まで見てきた光景が脳裏に浮かび上がってくる。玄関で男とキスしている場面。家に連れ込み、夫婦の寝室で不倫している場面。ラブホテルに入っていく場面。


「……僕は、もう……彼女っ、の、ことを……ううっ……信じる、ことも、一緒に……暮らして、いくこともっ……できません」


 一番最初以外、まったくといっていいほど心が何も感じなくなっていた。リアルタイムで見ても、何も感じなかったというのに。若水さんを前にしていることで安心したのかもしれない。思い出した光景がきっかけとなり、涙があふれてくる。

 そっとボックスティッシュが机の上に置かれた。若水さんの心遣いに感謝するしかできない。


「……お見苦しいところを」


 しばらくして、ようやく涙が止まる。新しくティッシュを取り、目元を拭く。


「いえいえ、貴方様の思いの現れでございます。先ほどよりもスッキリなさった顔をされていらっしゃいますよ」


 めったに言われないようなことを言われ、ついペタペタと自分の顔を触ってみるが、普段との違いは感じられない。

 気を取り直して、若水さんとの作戦会議を続けることにした。


「すみません、話を脱線させてしまいました。これからの僕がやることの最初は、妻に不倫を確かめることですかね?」


「そうでございますね。不倫していたことを認めさせるだけでなく、不倫の状況を聞き出されるのがよろしいかと。必ず聞き出されたほうがよいことが3点ございます。不倫の期間、行為の頻度、そして奥様が既婚者であることを伝えていたか。この3点の回答によっては、慰謝料を増額させることが可能となります」


 僕はスマホを取り出して、必ず聞き出すこと3点をメモした。


「奥様に認めさせるのと並行して、不倫相手に内容証明を送り、慰謝料請求することを知らせてくださいませ。会社や周囲に不倫していることを知られたくない、という思いからそのまま慰謝料を支払う可能性がございます。もちろん、裁判になる可能性もございますので、事前の準備が必要となります」


「内容証明は、弁護士さんのような資格を持っている人じゃないと送れないんですか?」


「いえ、内容証明はどなたでも送ることが可能でございます。ですが、書き方にはルールがありますため、慣れない方には出すまでのハードルが高いものとなっております。内容証明や慰謝料請求につきまして私からお伝えさせていただくよりも、弁護士からご説明させていただいたほうが正しい情報をお伝えさせていただくことができます。もしよろしければ、これから弁護士の方をお呼びさせていただき、ご相談いただくのはいかがでしょうか。初回の相談料が無料の弁護士の方をご紹介させていただきますので、本日の費用はかからないと思っていただいて問題ございません。」


できる限り自分で進めていきたいという思いがある。しかし、法律には詳しくないので、この先のことを考えると、法律的に許されていることを知る必要があることも事実。


「……えーと、弁護士の方に相談する際、若水さんにもいていただくことはできますか?」


「貴方様がよろしければ、同席させていただくことも可能でございます」


若水さんが一緒にいてくれるなら安心だ。


「でしたら、弁護士の方を紹介していただけますか?」


「かしこまりました。では今から連絡いたしますので、少々お待ちくださいませ」


若水さんはそう言って頭を下げるとソファから立ち上がり、事務机のほうに歩いていく。事務机の上に置かれていたスマホを手に取り、どこかに電話をかけている。

電話を切ると、スマホを事務机に置いてソファに戻ってきた。


「お待たせいたしました。これから参りますので、10分から15分程度お待ちくださいませ」


「すみません、ありがとうございます。若水さんが答えていただけることだったら、教えていただきたいことがあるのですが」


「私でわかることでしたら、ご回答させていただきます」


「先ほど話に出た内容証明なんですけど、弁護士の方みたいな資格がないと出せないものなんですか?」


「いえ、そのような制限はございません。ですが、内容証明に法的な効力を持たせるために必要な書き方があります。それがわかりづらいので、多くの方が弁護士などにご依頼していると伺ってございます」


「ということは、その気になれば僕でも出せるということですか?」


「はい、左様でございます」


 まさか内容証明まで自分でできると思わなかった。


「それなら、挑戦してみたいです」


「かしこまりました。それでは、こちらをお渡しさせていただきます」


 若水さんは一度事務机に行き、1枚の紙を持ってソファに戻ってくる。


「こちら内容証明を書く際の注意点をまとめた紙となります」

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