第20話 罠、発動

 約2週間の出張に行った最初の土曜日。これ以上ないという安全な状況に、真央と不倫相手は油断したのだろう。

 お客さん先での作業が順調に進み、予定より早く終わったので、少し早めに昼休みに入ることにした。早めの昼食を終得たところで、出張先から自宅の隠しカメラへの接続確認をしていなかったことを思い出した僕。何の覚悟せずにスマホから隠しカメラに接続した。

 寝室のカメラに接続すると、真央が寝室を掃除してくれている姿が映し出された。音声確認のため、スマホに有線のイヤホンを接続した。すると、掃除機の音が聞こえてくる。どうやらちゃんと音声も拾えているようだ。

 接続できることを確認できたことに満足していると、イヤホンからチャイムの音が聞こえる。家に誰か来たようだ。

 掃除機を片付けると、足早に寝室を出ていく。真央が寝室を出るのを見送った僕は、ついでに見守りカメラとも接続確認をしておこうと思い、見守りカメラに接続する。

 真央が玄関を開けると、入ってきたのはスーツを着てビジネスバッグを持った男性。何か会話しているようだが、見守りカメラの位置が遠いせいか音声は聞こえない。


「訪問販売かな?それにしては持っているビジネスバッグが小さい気がするけど」


 訪問販売であれば帰すだろうと思っていると、真央はその男性を家の中に招き入れた。


「え?どういうこと?」


 理解できず、疑問の言葉が口をついて出る。いや、正確には理解したくなかったのかもしれない。男性は勝手知ったるといった雰囲気でズンズンと家の奥へと足を進める。玄関のカギをかけた真央は、家の中へと戻っていく。真央の歩きには、どことなく楽しそうな雰囲気が感じられた。

 玄関から2人が消えたあと、僕は慌ててキッチンにしかけたカメラに接続する。真央の腰に手を回した男性が、真央と2人でリビングのほうへ歩いていく背中が映った。


「いやいやいや……」


 思いもよらぬ状況に頭がついていかない。混乱した僕は目を閉じ、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そして、意を決してソファをとらえるカメラに接続する。


「……は?」


 カメラがとらえた映像には、ソファに座る男性の片方の足の上に横向きで座る真央の姿。上体は男性にもたれかかっているようだ。衝撃のあまり動くことができなかった。

 男性は、真央の顎に手を添えて自分のほうを向かせると、真央の唇を奪った。


「おっ……ぐっ!」


 その瞬間、怒りに突き動かされて勢いよく立ち上がってしまい、机に脚をぶつけて悶絶する。痛みのあまり、持っていたスマホを床に落としてしまった。画面を上にしてスマホが床に落ちた。画面が割れなかったことに安堵するも、落とした拍子に有線イヤホンがスマホから抜け、スマホから音声が流れ始める。


「あん……あっ、マ、マコトさん……」


 真央の声が耳に飛び込んだ瞬間を最後に、そのあとの記憶がない。気がついたときにはモバイルバッテリーを握りしめて、肩で息をしていた。


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」


 目の前の床には、画面が粉々に割れたスマホ。握りしめていたモバイルバッテリーの角がひしゃげていた。どうやらとっさにモバイルバッテリーをつかんで、スマホを叩き壊してしまったようだ。


「あ……ああああああっっっ!」


 かろうじて、ここがお客さん先であることを思い出した僕は、自らの腕に噛みつくように口を押さえてから叫ぶ。

 どれくらいそうしていただろうか。僕の耳に、聞きなれた音が聞こえてくる。昼休みの終了を知らせるため、会社支給のスマホに設定していたアラームの音だ。


「は……は、は……ははっ」


 乾いた笑いがこぼれでる。罠が発動した。発動してしまった。目論見通りと喜ぶべきか。不倫が確定してしまったことに悲しむべきか。感情をどこに持っていったらいいのかがわからない。

 確かに罠をしかけた。しかし、罠にかかったあとのことは考えられていなかった。僕の覚悟が足りなかったと言わざるを得ない。

 いつの間にか止まっていた会社支給のスマホのアラーム音が再び鳴りだす。


「……仕事、しよう」


 僕は感情を諦め、今は目の前の仕事に没頭することにした。

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