第14話 三度のアドバイス(前編)
日曜日は真央が興味を持たなそうな映画を観に行き、顔を合わせる時間を短くしてやり過ごした。問い詰めたい気持ちになるも、前夜の覚悟を思い出して堪えた。
翌月曜日の今日。今までにないほどの集中力を発揮し、定時退勤を成し遂げた。割り込みの仕事はすべて後回し。お客さんとの調整も済ませ、万全の状態で若水さんのところへと向かった。
「こんばんは、若水さん。相談したいことがあって来ました」
不倫相談所のドアを開けるやいなや、挨拶もそこそに目的を告げる。
「おや、こんばんは。はい、構いませんよ。本日もコーヒーでよろしいですか?」
飛び込んできた僕に一瞬驚いたような顔をするも、すぐさまいつもの笑顔を見せる若水さんに安心感を覚える。 飲み物の問いかけに頷きをもって返事をすると、若水さんは僕にソファを勧めてから給湯スペースに向かう。僕はソファに座り、スマホを取り出して待つ。
「お待たせいたしました。気が急いていらっしゃるようですが、いかがなさいましたか?」
「話の前に、こちらを見てもらえませんか?」
「拝見させていただきます」
僕は若水さんにスマホを渡し、先日録画されたばかりの真央が女友達と言っていた人物が家に来た際の動画を見てもらった。
「……これは、なんとも言い難い動画でございますね」
差し出されたスマホを受け取る。彼は慣れた操作で黙ったまま次の動画を見せた 。
「帰りのときの動画はさらに言葉をなくなりますよ。これ、僕が家につくほんの30分前なんです」
2本目の動画を見ている若水さんの顔からにこやかな笑みは消え、眉間にシワを寄せた難しい表情になっていた。
「……絶対にバレないという自信が垣間見えるお2人でございますね」
「でもね、この録画を見ても、まだ信じたいという気持ちもあるんですよ。不思議ですよね」
「そういう方もいらっしゃいます。スイッチを切り替えるように気持ちを変えられる方ばかりとは限りませんよ」
若水さんの言葉に僕はホッとした気持ちになる。
「……若水さんにご相談したいのは、この動画が不貞行為の証拠になるか、です。見守りカメラの映像なので荒いですが、妻と私ではない人物が抱き合っていることはわかっていただけると思います」
「大変お伝えしづらいことではございますが、こちらの動画では不貞行為の証拠にはなりません」
「え、ならないんですか!?」
「はい。ただ抱きしめ合っている写真や動画では、裁判になった際に戦える証拠とはならないと伺っております。こちらも顔が近いだけでキスをしていると見るのは難しい構図となってしまっておりますので、有効な証拠と言うのは難しいと言わざるを得ません。ただ、私は司法関係者ではございませんので、詳しくは法テラスなどで弁護士の先生にお伺いいただければと存じます」
申し訳なさそうな表情になる若水さんに、大声を出してしまったことが恥ずかしくなる。
「私が証拠になるとお伺いしているのは、ラブホテルから2人そろって出てくる写真や、一緒に泊まりがけの旅行をしている写真、性行為中や直後の写真が有効な証拠になりうるとのことでございます」
「なるほど。ちなみに、相手のことは知らなくてもいいんですか?」
「不貞行為を理由としたご夫婦の離婚裁判の場合には、不貞行為があったかどうかが争点になりますので、相手の方を知らなくても戦うことはできます。しかし、貴方様が味わった精神的苦痛に対する損害賠償として慰謝料を請求される場合は、相手の名前や住所が必要になってまいります」
「となると、僕が抑えなきゃいけない証拠は、2人に肉体関係があると示す写真か動画と、相手の名前と住所ですね」
「はい、左様でございます。もし、この方が会社員でしたら、就業されている会社名も押さえることをオススメさせていただきます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます