第6話 初めてのアドバイス

「……以上が、僕の悩みです。他の方と比べればちっちゃな悩みですよね」


 聞き出すのがうまいのだろう。若水さんに促されるまま、僕の悩みを口にしていった。ただ、こうして口にしてみると自分の悩みがちっぽけなものに思えてくる。たった1回気になる画面を見ただけでこうなるなんて、僕は自分で思っていた以上に気弱だったらしい。

 しかし、そんな僕の自嘲とも言える言葉を、若水さんは優しく首を横に振ってくれた。


「そんなことはございません。今まで1人で耐えてこられたのですね。悩みは人それぞれ。貴方様の悩みは、他の方と比べられるものではございません」


 僕は、若水さんの言葉を聞いた途端、涙がこぼれてきてしまった。こぼれ始めた涙を止めることができない。ボロボロと涙を流し、泣いてしまった。


「ううっ……ぐすっ……すみません。お見苦しいところを」


「いえいえ、それだけ貴方様が耐えてこられたということでございます。それに、泣くことには気持ちをスッキリさせる効果があるそうですよ。さて、お飲み物は同じものでよろしいですか?」


「あ、はい。お願いします」


 若水さんはニコリと笑みを見せると、僕が飲んでいたコーヒーカップを持って席を立った。再び給湯スペースに立つと先ほどと同じような何かを削る音が聞こえてくる。しばらくして、コーヒーカップを持った若水さんが戻ってきた。


「お待たせいたしました」


「ありがとうございます」


 再び出していただいたコーヒーカップを取り、口をつける。僕が半分ほどコーヒーを飲んだところで、若水さんから提案を受ける。


「もし、ご入用でしたら、お伺いさせていただいたお話から私なりのアドバイスを送らせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」


「ぜひともお願いします」


 僕は若水さんの提案に頭を深く下げる。自分1人ではどうにもできない状態をなんとかしたいという思いからの衝動的な行動だった。


「玄関に見守りカメラを設置されることをお勧めさせていただきます。貴方様が心を痛めているのは、気になる画面を見たからだけではございません。貴方様が出張に行かれている最中、また奥様が前後不覚になるほど泥酔して帰宅されることも心を痛めていらっしゃる要因なのでございます」


 ストン、と僕の中で腹落ちした。疑わしい画面を見たことで気持ちがぐちゃぐちゃになってしまっていたが、あの日の真央は酔い潰れるほどベロベロに酔って帰ってきたのだ。僕がいなかったら、万が一があったかもしれない。僕の不安な気持ちと真央を心配する気持ちとが入り混じったまま考えていても、いいアイデアが浮かぶわけない。


「ですので、貴方様が出張でご不在でも奥様の異変に気付けるよう、玄関に見守りカメラを設置されるのがよいでしょう。見守りカメラを設置される際、気をつけていただきたいことが2点ございます。1点目は、見守りカメラを設置することを必ず奥様にお伝えすること。2点目は、見守りカメラの設定は動体検知の自動録画としますが、奥様へは1分間以上カメラの撮影範囲に人がいる場合に録画と貴方様への通知を行うとご説明いただくことです」


「1点目はわかったのですが、2点目はどういう?」


「万が一への備えとしては、見守りカメラの通常機能で対応することができます。しかし、正直に設定を伝えてしまっては、貴方さまの不安を解消することができかねます。そこで、奥様には1分以上撮影範囲内に入らなければ撮影されないと誤解させておくことにより、奥様の行動パターンを探ることが可能となります。玄関の出入りだけでと思われるかもしれませんが、日付と時間、服装でだいたいの目的を察することが可能なのでございます」


「ああ、なるほど。しばらく撮影してみて、不審な点がなければ問題なしと言えるってことですね」


「左様でございます」


 玄関を思い浮かべ、見守りカメラを設置できそうな場所を考える。靴箱の上だと、万が一の場合に真央を見ることができない。かといって床起きでは見える範囲が限定されるし、歩いているときに蹴飛ばしてしまうかもしれない。

 あれこれ考えた結果、玄関の上に突っ張り棒を2本渡し、その突っ張り棒の上に乗せるのを試してみることにした。


「ありがとうございます。若水さんにいただいたアドバイス通り、見守りカメラを設置するのを奥さんと話してみます」


 憑き物が落ちたような感覚になり、僕はここ最近で一番晴れやかな笑顔を出せたと思う。若水さんに丁重にお礼を伝え、僕は帰路についた。不倫相談所に入るまでに感じていた帰りたくない、真央と顔を合わせるのが気まずいという気持ちはなくなっていた。

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