109.リンガーの独白と『声写し』

 

「チッ! 貴様らにはスキルを与えてやっただろう! その恩を身体を張って返すのだ!!」


 リンガー・ロウブローが俺から視線を逸らして、離れた位置で負傷に呻く手下どもを責めたてる。


 おっ?!

 俺自身のことや闇市のことは置いといて……スキルのやり取りって国から止められてる禁忌のはずだったな。

 これは、ベルクから渡された『声写し』の魔道具の使いどころがきたぞ。


 手下どもは、サーベンをはじめとして膝を折られたヤツ以外がヨロヨロと立ち上がりかける。

 リンガーがその様子を「は、早くせぬか」と急かしている。


 その隙に、俺は体内収納からブローチ程の大きさの魔道具を、こっそり手のひらに出す。

 そして、魔石に魔力を注いで起動させた。

 よし。後はリンガーに話させればいい。


「おいっ! 『スキルを与えた』ってどういうことだよ」


 俺から不意に声が掛かって、リンガーは驚きに肩を跳ね上げてこっちに向き直る。

 そして、一度手下どもが来てるか気にするそぶりをしてから、答えて寄越す。


「いいだろう、教えてやる。まず――」


 いかにも手下どもが合流するための時間稼ぎをするって感じで、大袈裟に腕を広げて語り始める。


「お前も冒険者ならば、できるだけ多くのスキルを身につけたいはずだ。必死に訓練も積むだろう。だが、スキルには後天的に得られない物もある。いくら望んでも、鍛練をしても、生まれながらに“持たざれば”生涯を掛けても得られぬ先天的なスキルだ。その多くはレアスキル以上であり、それを有しているというだけで身を立てられるほどだぞ?」


 一気にまくしたてたリンガーだけど、ここでひと呼吸入れて、そしてわらって――。


「だが! その先天的スキルを手に入れられたら? 私はその方法を知っていてな……」


 得意げな顔して勿体ぶってためを作ってるけど、知ってるっつうの。てか、禁忌にされてる時点で結構知られてることなんだろ?

 リンガーは、足取りが重くてこっちに着くにはまだ掛かりそうな手下どものうち、サーベンをチラッと見遣ってから続ける。


「見ただろう? サーベンの怪力を。あれは【剛力】というレアスキルでなあ。もとは我が領の坑夫の赤子が持って生まれたもので、それを私が徴収・・してサーベンへと下賜かしし“有効に活用”したのだ」


 何が『徴収』だ。赤ん坊を……たぶん一家ごと皆殺しにして……奪ったんだろうが!!


 思わず手に力が入って、魔道具の金属の枠が手の平に食い込み、痛みが走る。

 これを写しとれただけでも充分な気がするところだけど、リンガーの独り語りは続く。

 もっと重要なことが聞けるかもと、怒りを堪えて聞くことにする。


「他の連中にも、サーベンほどではないが有用なスキルを与えている。……どうだ、私にくだるというなら、お前にも何か与えるぞ?」

「降るだあ? あんたの手下になって、“帝国”のネイビスだっけ? みたいに働けってか?」

「ネイビス? ああ、そんな奴もいたな。アイツには失望した。少し目を掛けて仕事を回したくらいで、身の程を弁えぬ野心を抱いて自滅した愚か者よ……。だが、お前は若いし、腕も立つから私のそばに置いてやる。城に……城もすぐに、これより大きく立て直して、部屋も用意してやろう」


 俺を“捕まえる”から、懐柔に切り替えたか?


「今回のエトムントの邪魔立てによって、少し遠回りせねばならんが、私には大望を抱く傍系王族との繋がりがある。さらに隠し鉱山もあって資金には事欠かない。そんな私の勢力は中央貴族にまで及んでいるから、まだまだ挽回・勇躍の手がある。勝ち馬に乗るなら、今が最後の機会だぞ」


 へぇ、隠し鉱山か。

 エトムント様からは聞いてない……もしかしたら新情報かもしんないな。


 リンガーは、「さあ、私に降れ」ってほざいてるけど、これでもう充分だろ。

 とっとと取り押さえて、エトムント様達が来るのを待とう。


 あ! 俺、この魔道具の止め方、知らねえや……。

 まあいいか。ベルクは『数分間、写し取る』って言ってたから、そのうち勝手に止まるだろ。


「リンガー……。あんた――いや、お前の誘いなんか、全っ然嬉しくねえ!」

「なにぃ!?」

「サーベンのスキルもそうだけど、他ん家の領地に策を巡らせて治安を乱したり、なによりラボラット村!」


 俺の頭に、あの村で見た手を繋ぐ母子のリビングデッドの姿が浮かぶ。


「そういう所には“人”がいただろ! 子どもや赤ん坊やその子の為に頑張ろうって親や、畑や鍛冶や商いや冒険者稼業に命をかけてる人がいただろ!」


 横柄な態度のでぶ双子までもが浮かんできやがった……。


「お前は、そういう人達の人生を、自分の勝手で潰したんだ」

「ふっ、何を言い出すかと思えば……。いいか? 私は貴族で、私の領地に居る者は私の駒だ。駒にも何段階も格があって、それが分不相応な物を持っていればそれを取り上げて付け替えることも、駒をより強力に格上げしようといじることも、領主の思うがまま。そして、他家の駒を乱し、弱らせ、腐らせることは、この世を勝ち抜く有効な技術。私の行ってきたことに、なんら問題無かろう」

「なっ……!」

「せっかく私がお前を高く格付けしたところから始めさせてやると言っているのに、勿体ないとは思わぬか? 考え直すなら今のうちだぞ?」


 反吐が出そうだ。貴族ってのは、全員こういう考えなのか?

 いや、エトムント様は違う。“帝国”にいた仲間の子ども達を保護してくれて、故郷に送り届けたり施設に入れてくれたり、ちゃんとした住民登録もしてくれた。俺とマリアなんかは自由にさせてくれたし。

 直接会った時も、このリンガーみたいな眼や態度じゃなかった。


 貴族ってのを二人しか知らないけど……そう、コイツが異常なんだ。


「……もういい。俺はお前には従わないし、お前と話をすること自体が無駄だ」

「なっ!? 貴様っ、言わせておけば……」


 今度こそ、リンガーを捕まえる為に前に踏み出す。

 それを見たリンガーは、焦ったように後ろを振り返り、自分から護衛達の方へ逃げ出した。

 サーベンら護衛達とは、まだ距離があったから、当然俺はリンガーの背に余裕で追いつく。


「――ッ?!」


 でも、俺がリンガーに追いついて、奴の襟首を捕まえようとしたところで魔法の石つぶてが飛んできた。パラパラと砂が撒かれた程度の威力だけど、それが目に入りそうで思わず動きが緩まっちまった。


 サーベンだ。野郎、魔法まで使えたのか! 弱えけど。

 ヤツの手には小さな魔法杖が握られてた……けどサーベンは、その杖すら俺に投げつけてリンガーを守ろうとする。

 それが【剛力】のせいで速いのなんの。魔法の石つぶてなんかより、そして狩人の弓矢よりも鋭く俺を目掛けてきた。

 そして、さらに後方から、他の護衛も細い杖を掲げて何かを撃とうとしている。


「ちっ!」

 ――【硬化】!

 さらに、連中の魔法を見極めるのに、リンガーが邪魔だったからその背を突き飛ばして視界を確保。

 リンガーは悲鳴をあげながら吹っ飛び、何回か地面を跳ねて護衛達より遠くに転がっていった。


 サーベンの攻撃を体で弾き、他の奴が撃ってきた薄い火の玉を指先で叩き落とし、さきにそいつ等を【ぶちかまし】でブッ飛ばした。

 そして、腰砕け状態になってるリンガーに近付き、見下ろす。


「さあ、あとはお前だけだぞ?」

「ひいぃっ!! くっ、来るな!」


 おびえるリンガーの姿は、銀髪が乱れ、落ち窪んだ眼は忙しなく揺れている。

 何より、左の頬から耳にかけて深い擦り傷ができ、にじみ出た血がしたたっている。


「気付いてるか? お前の傷、転嫁されてねえってことに。次のも自分にダメージがいくぞ」

「は? あっ! ひやぁああああー!! ――うぐぁ!!」


 自分の血に混乱したリンガーの脚を蹴り上げると、奴は一回転して顔から地面に着地した。

 奴は、膝をついたまま上体だけを起こして、事実を受け止める。


「ガハッ! て、転嫁しない……だと……?」


 その後、すぐさま俺に両手を向けて制止しようとする。


「ま、待てっ、待ってくれ!」

「は? 待つわけねえだろ」

「ち、違うんだ。お前に伝えていないことがあるんだ」


 命までは獲るつもりはねえけど、命乞いか? それともまた時間稼ぎ――ってか手下どもは完全に伸びてるから、それは無いか。



「こうなっては遅いかもしれんが、お前は私の子なのだ!」

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