108.ユニークスキルだぞ……一応。

 

「どうだぁ! 僕の【先見】は。手も足も出まい!」


 調子こいたスカムが、「ふんがふんが」と最高潮に鼻息荒く自分のスキルを口走った。

 そうか、【先見】か。発動すると『何秒か先の“一瞬”が視える』っていう人間の・・・スキル。


 はい! それ……頂きます!!


 これから【先見】が無くなるなんて微塵も思ってないスカムとの距離を、もう一回詰める。

 そして、奴の顔に向かって、ゆっくりと・・・・・拳を繰り出す。


「ひぃぃっ」


 これも先に“視えた”スカムは、それでも恐怖が勝って、身体をかがめて前腕で俺の拳を防ごうとする。

 きっちり避けようとか、俺にカウンターを打ち込もうとは考えねえのか?


 俺は呆れつつも、そのまま腕を突き出し――。

 でも拳はほどいて、スカムの腕に触れる。


 【先見】を【スキル吸収】!!


 ちょうどリンガーの魔法が飛んできたので、ちょっと跳んで距離を取る。

 これを俺が逃げたって勘違いしたスカムが、怖がってたことなんて無かったかのように、得意げな顔に戻る。


「はっはっはぁ! やっぱりお前の攻撃なんて僕には通用しないからって、諦めて引き下がったか! 大人しく捕まれば、僕からの罰は軽くしてやってもいいぞお? あの女――マリア――は差し出してもらうけどなっ!」


 こ、こいつ! 黙って言わせておけば、言いたい放題しやがってぇ……調子に乗り過ぎだっつうの!!


 ――よし! 決めた。

 スキルを獲ってばっかりじゃあ、お前が可哀そうだ。

 何かお返ししたほうがいいな。

 スカムにあげられるスキル、何かあったか?

 そうだ! 俺には使ってないスキルがあったじゃないか。


 強引に理屈をつけて、“あれ”をスカムに処分することに決めた!


 “あれ”が取り込まれた瞬間から、スカムは豹変して狂うかもしれないけど……。

 まあ、移した直後に気絶させりゃあしばらくは大丈夫だろう。


 っつうことで、俺は【体内収納】から小さな革袋を手に出す。本来は小遣い入れ用の革袋だ。

 体内収納は毎日確認するようにしてるから、袋の中身は分かってる。“あれ”だよ。

 袋を縛ってる紐をスルスルと解いていると、それを見たスカムがちょっと警戒するも、また「ふんがふんが」しやがる。


「ちゃっちい財布なんか出して、何をする気だ? そんなのに入る程度の端金はしたかねで、僕に許しを請う気かあ?」


 この野郎っ……。


「……ふっ」


 でも、まあいい。これを食らえば、お前は……。

 そう考えるだけで、スカム、お前に同情して噴き出しちまいそうになるぜ。


 それはいいとして、口の開いた袋を逆さにして、“あれ”を手の平に落としてすぐさま握り締める。スカムには見えなかっただろう。

 …………ごくり。

 俺は唾を呑んで、握り拳……その中の“あれ”の結晶を思い浮かべる。

 “これ”をスカムに移すには、俺も一旦取り込まなきゃならない。

 譲渡するまでの一瞬とはいえ、あの状態がまた俺を襲うのかと思うと、ちょっと躊躇ためらっちまうけど――。


 取り込む!


 その瞬間、頭や指先、足の爪先っていう身体の端という端から“あそこ”に向かって衝撃が走って――。

 あそこがムクムクどころじゃない、一気にボキィイインッとなって……。

 ヤバいヤバいっ!

 とある衝動に突き動かされそうになるのを、何とか堪えてスカムに向かう。


「ちょっ、待て! なんだその眼は!?」


 俺の眼がまってたんだろう。

 スカムが「ひぃっ」と眼を逸らして、その場にしゃがみ込んで丸まる。

 そんなスカムを、俺は殴るんじゃなく、その背中に優しく手を添える。

 そして、耳元に囁く。


「いやぁ、お前にあげたい物があってな……受け取ってくれや。ユニークスキルだぞ……一応」


 【性欲常態化】を【スキル譲渡】!


 俺の中の衝動が一気に引く。

 代わりに――。


「うっ、うわぁああああっ!!」


 スカムが跳ね上がって叫ぶ。ほとんど浮かなかったけどな。

 大変なことになったスカムのアソコが、ションベンを漏らして濡れて股に張り付いた半ズボン越しにでも分かる。

 けどまあ、スカムは人間。魔物じゃねえから、ゴブリンみてえに進化しなくて良かったぜ。


「ぬう、ぐぅっ、お……おお、おんなぁ!」


 そのスカムは、眼を血走らせながら大きく見開いて、ギョロギョロと辺りを見回す。

 俺とも一瞬目が合ったけど、どうでもいいって感じですぐにキョロついて――。


「そ、そうだっ、メメ、メイドぉおおおお!!」


 背を向けて全然違う方向に“捌け口”を探しに足を踏み出した。


「行かせるかってえの!」


 奴の丸見えの襟首に手刀を落とす。

 トスッ!

「うっ……」


 予定通り、狂ったスカムは気絶し、地面に突っ伏した。

 さて、後は……。


 俺はリンガーに向き直る。

 リンガーは魔法を撃とうとしていたのか、杖を突き出した姿勢のまま目を見開いていた。杖も腕も小刻みに震えているのが分かる。


「貴様……スカムに何をした!」


 息子を痛めつけたことを怒っているのかと思いきや、なんか違うようだ。

 身体も声も震わせながら続ける。


「なぜスカムが……たった一撃で気絶させられた……? おいっ、コバーン! ザーメ!」


 そして、辺り――自分たちの護衛連中が倒れてる方に目を遣って息子の護衛を探す。

 ――ああ、【損傷転嫁】されてないからか?


 でも、スカムの護衛もリンガーの護衛もサーベンも、呻いたり地面を這いずったり仰向けになってただ倒れていたり、誰ひとり立ち上がることも出来ずにいる。

 そりゃそうだ。小型爆弾で片腕が吹っ飛んでたり、主要な部分の骨が折れてたりと、みんな無力化されてるからな。でも、死んではいない……はず。


「わ、我々の【損傷転嫁】は、決めた対象が生きている限り転嫁し損なうはずが無い! なぜ転嫁しなかったのだ!?」


 獲ったからだよ!

 それに、あんたのも、とっくに無いからな?


 俺が心の中で言い放ったところで、リンガーが今度は自分のことも疑い始めたようだ。


「まさか……私の【損傷転嫁】も効力を失ったのではあるまいな……」


 だから、効力どころか、そのものが無くなったんだけど?

 そしてリンガーが、遠くに転がっている護衛達に叫ぶ。


「おい、貴様ら!! いつまで寝転がっている! 早くこちらに来て私を守れ!!」


 でも、そいつ等の動きは鈍い。

 当然だ。膝を潰したり骨を折ってるから、見た目以上に身体にダメージがあるだろうからな。


「チッ! 貴様らにはスキルを与えてやった・・・・・・・・・・だろう! その恩を身体を張って返すのだ!!」


 おっ?!

 俺自身のことや闇市のことは置いといて……スキルのやり取りって国から止められてる禁忌のはずだったな。


 これは、使いどころがきたぞ。

 エトムント様から預かっている『声写し』の魔道具の。

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