105.焼き鏝はあの人から……

 

 半分崩れた城と、庭園中央の壊れた噴水。

 その間には瓦礫が散乱していて、俺にやられたサーベンやリンガーとスカムの護衛、合わせて六人が散り散りにぶっ倒れている。


「……さあ、どうする?」


 城に一番近い位置にリンガーとスカムがいて、そこに向き直った俺が問い掛ける。

 そしたら――。

 なんと、父親であるリンガーが、息子のスカムを盾にするかのように自分の前に押し出しやがる。


「スカムよ、アイツがこちらに来たら、お前のもう一つのレアスキルを使え!」

「えっ……?」

「こういう時の為にお前にレアスキルを授けてやったのだからな! 安心しろ、お前が“視て”、対処は私がする」

「は、はは、はいっ!!」


 俺を窺うように見詰めるリンガーの手には、短剣が握られていて、その口調は勇ましいけど……その手、震えてるから!

 豚息子も膝がガクガク震えてるし、半ズボンのションベン染みも拡がってるぞ!


 しかし……スカムのもう一つのレアスキルか……。

 リンガーは『お前が“視て”』とか言ってたな。どんなスキルなのやら。

 そこに気を取られていると――。


「う……うぐぅ! い……いだ、ぃいいよぉ……」


 俺が抱えているモモンガ娘を這うヘビが、首筋にまで到達していて、今にも口を開こうとしていた。

 ちっ、時間が無え。

 サーベンもリンガーの護衛も、焼きごてを持ってる感じじゃなかった。

 ションベンちびり豚息子も持ってねえってのは、見て分かる。

 リンガーが持ち歩いてるか……城のどこかに仕舞ってあるか……。


 とにかく、焼き印のヘビがモモンガ娘に噛みつく前に見つけねえと!

 残り時間の短さに、ちょっと焦り始めたその時――。


 俺が見据えるリンガーとスカムの更に先。

 爆発で半分が崩れた城の、辛うじて残った二階部分の柱の陰から黒マント姿の人間が現れた。


 敵かと身構えるところだったけど……あれは、ベルクの爺さんだ!

 そういえば、『先に忍び込んで仕事を済ませる』とか言ってたっけ。


 ベルクの存在を気取られないように、俺はリンガーとスカムを見据えたまま、意識はベルクに向ける。

 そして、【強聴覚】も爺さんに向けて発動。

 爺さんの口の動きに合わせて、声も聞き取れた。


『ほっほっほ。まさか城が崩れるとは思いませんでしたが……こちらは済みました』


 そして、マントの内側から何やら紙の束をチラリと見せて寄越す。

 さらには辛うじて残ってる城の一部から、崩落の粉塵とは違う青み掛かった煙が一筋立ち昇っている。

 ――狼煙のろしだっ!

 ベルクの用件っつうことは、エトムント様の用件ってこと。

 貴族のやり方でリンガーを追い詰める“証拠”を手に入れた。その成功の狼煙。


 その爺さんが、ふと俺の腕に力無く抱かれているモモンガ娘を捉えた。

 そして、『ふむ』と呟いたかと思うと、マントの内側でモゾモゾと動きがあり――。


 なんと、俺が探している焼き鏝をヒラヒラと掲げたじゃねえか。


『ついでに見つけた物です。ちゃんと受け取って下されよ……』


 そう喋ったベルクがこてを持つ腕を下げ、何度か下から上へ振って勢いをつけて――。

 焼き鏝を山なりに放り上げた。


 ベルクに馬鹿力は無く、鏝はそこまで高くは上がらず距離も出ない投げ方だから、城のすぐ側に落ちそうだ。

 焼き鏝が地面に落ちたら壊れるかもしれない。

 だから爺さんは『ちゃんと受け取れ』って言ったんだと思う。

 俺なら落下地点に間に合って、鏝を受け取れるって判断したんだろう。


 有難てえ! きっちり受け取ってやる!

 ――【突撃】でダッシュだ!!


 けど突進する俺と鏝の間には、リンガーとスカムがいる。二人を避けて回り込んでいく余裕は無さそうだ。


 俺の速さについてこれるワケねえと思うけど……もし邪魔されたら、鏝が地面に落ちちまう。

 こっちが攻撃する“フリ”をして、守りに入らせれば二人の動きは止められる。

 そこをすり抜けていく!


「うぉおおっ! 食らいやがれっ」


 元々俺を睨みつけていた二人に、更に俺に釘付けにしようとワザと大声を上げながら、剣を振り上げて突っ込んでいく。

 ビビったまま、そのへっぴり腰で守りに入りやがれ!


「ス、スカム!! 速いぞ、早く“視ろ”!」

「ははっはい! ……え?!」

「どうした、何が視えた」

「す、素通りされます!」


「何ぃ?!」

 ――何っ?!

 リンガーの驚声と俺の心の声が重なった。


 バレた?!

 なんでだ? 動きを読まれた?

 ――いやいや、まだ突っ込んでってるだけで、動いてねえし!

 じゃあ、心を読まれたってのか?


 俺と二人の距離はどんどん近付いていく。

 フェイントを掛けるなら、今しかねえ……。

 とにかく! 剣を袈裟斬りするフリをして――。


「スカム! どっちに抜けるっ?!」

 リンガーが豚息子に問い詰める声。


 俺は剣を振りかぶって……奴らが防御に身構えたところを……そのひだ――。

「すぐ左です!!」

「でかした!!」


 ――何だとぉっ?!


 な、なんでか知らねえけど、先を読まれてる!!

 俺は剣を振りかぶっちまってるぞ!?


 あと二歩地面を蹴って、三歩目で奴らの左を駆け抜けるつもりが……。

 リンガーの野郎が、なんと、スカムを左っ側に押しやって俺と衝突させようとしやがってる。


「しっかり掴み止めろよ!」

「ぇええっ?!」


 実の子を……えげつねえことしやがる。


 そのまま一歩、地面を蹴っちまった。

 グンッと二人に迫る。スカムは俺が駆け抜けようとした進路に倒れ込もうとしている。

 そして、息子を押したリンガーは、動きの止まった俺をブッ刺そうと短剣を逆手の両手持ちに握り替えた。


 なんとかしねえと本当にぶつかる!

 ぶつかっちまったら、リンガーに刺される。それ自体は【硬化】でも【軟化】でもして、無傷で済ませられる。

 でも、鏝には追いつけずに地面に落ちちまう。


 ――そんならっ! それすら躱して、切り抜けてみせるまでだっ!

 次の一歩を踏み込むまでにどうするか決めろ、俺。

 反対側――奴らの右側を抜ければ一番良いけど……近付き過ぎてて方向転換すれば膨らんで大回りになって、結局鏝に届ねえかも……。


 ええいっ、上だ! 

 しかも、高く跳んじゃえば滞空時間が長過ぎてダメだから、駆け抜けるのと変わらねえくらい低く、ギリギリで越える!

 その為に!

 振りかぶってる剣を振り下ろし――。


 リンガーとスカムがビクッと反応してるけど無視だ。


 ――斜め前……その二人の足許を【掘削】っ!!

 俺が跳ぶっていうより、二人を下げる!


 ズガッと土塊を巻き上げながら、二人の立つ地面が飛び散り、親子揃って尻もちを突くように崩れる。


「へっ! 何だか知らねえが、“読み”が外れたなっ?!」


 何が起こったのかと呆気にとられて、口をあんぐりしてるリンガーとスカムの上を悠々と駆け抜けるように跳んでいく。

 そして――。

 パシッ!

 取った!!

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