104.1対6(ザコ)

 

「こ、これは、トイレで用を足している時に城が揺れて……その……驚いて尻もちをついた時にかかっただけなのです!」


 股間が濡れた半ズボンを見たリンガーの追及に、豚息子――スカム――がシドロモドロになって言い訳してるけど……どう見ても漏らしたようにしか見えねえから! そんで、どっちにしろションベンだからな?! 残念!!

 そして、スカムはオロオロと目を泳がせながら話題を変える。


「それより父上! これはどういう事です、僕達の城がこんなに無残に――ああっ! お前はあの時の!!」


 奴の目が泳いだ先で俺と目が合って、俺を指差して叫びやがる。ころころ話が飛びやがって……忙しい奴だ。

 ――てか、その驚きよう、今ごろ俺に気付いたのかよ!


 スカムの言葉に、リンガーも反応した。


「――っ!? このガキを知っているのか、スカム」

「え? あ、はい。コ、コイツが、街で僕に手を上げた下賤のガキです!」


 スカムは父親に答えるだけ答えて、すぐさま俺に向き直り、そして辺りをキョロキョロ見回し――。


「あの女はどこだ? あの女を僕の世話係に差し出すなら、貴様が僕に手を上げたことだけは許してやることを考えてもいいんだぞ?」

「…………」


 自分ち――城――が崩れてるってのに、それ?

 この前で懲りてねえんなら、きっちり分からせてやる必要があるな……。


 俺が呆れ半分で見ても、スカムは構わず続けてくる。どんだけ自分中心の奴なんだ……。


「いないなら仕方ない。お前を捕まえて誘き出してやる。おいコバーン! ザーメ! アレを捕まえろっ」

「「は、はい!」」


 スカムの命令に、その護衛が動き出そうとする。

 おお、怪我がだいぶ治ってるじゃねえか。いい薬でも使ってもらったか?

 どっちにしろ俺の相手じゃねえけど。

 ――と、俺もコバーンとザーメを迎え討とうとしたところで、リンガーが二人を止めた。


「待て! そのガキは、サーベンがやられるほどの手練てだれだ。六人全員でかかれ」


 六人……リンガーの護衛の三人とスカムの護衛のコバーンとザーメ、あと一人……。


「サーベンも、いいな?」

「御意」


 瓦礫に寄り掛かって倒れていたサーベンが、薬の空瓶を握った手で口元の血を拭いながら立ち上がる。

 回復しやがったか。

 それにしても、自分と息子は戦わないんだな。


 命令を受けた六人は、三人二人一人と、それぞれ離れた位置から俺を取り囲む輪を作るように動いて、ジリジリと距離を詰めてくる。

 その奥では、リンガーとスカムが合流しようとしていた。


「ぅうっ! うぐぅ……」


 俺が抱えるモモンガ娘の背中では、相変わらずヘビが蠢いていて、それが彼女の首に向かっている。急いだ方が良いな……。


 さて、コイツらの中にこてを持ってる奴はいるか?

 リンガーの護衛だったら、誰かが持たされてそうだけど……。


 まっ、何人いようが一人ひとりが獣化した獣人ほどじゃないし、倒せば分かるか。


 まずは、実力を知ってる豚息子の護衛だ。

 二人で隣り合って、剣を構えて俺の背後を詰めてくるコバーンとザーメ。どっちがどっちだったか、もう忘れちまった。

 その二人……前回の記憶があるのか、どっちも腰が引けてるぞ。


 今は悠長に相手してる場合じゃねえから、【突撃】で一気に距離を詰める。

 すると、奴らは揃ってビビって棒立ちになった。

 一人に【ぶちかまし】でただの体当たりをかますと、どこかの骨が折れる音を残して吹っ飛んでって、噴水の泉にボッチャン。

 もう一人には、ただの蹴りで棒立ちの膝を折って脚を潰した。


 一瞬で二人を倒すと、リンガーの護衛三人が一気に警戒を強めた。

 お互いに素早く目配せしあう。

 なにやら得意の戦法があるのか、ちょっとずつ俺との間合いをずらしながら、瓦礫の間をにじり寄ってくる。


「流石は領主の護衛ってか?」


 ――けど。

 それに付き合うほど俺は甘くねえってえの!


 一番近い奴から叩――。

「――うおっ!!」

 ――こうとしたところに、俺の体ほどもある瓦礫が飛んできた。


 慌てて屈んで避ける。

 こんな事をする――出来るのは、サーベンだけだ。

 俺は野郎のいた場所を睨むと、もう別の瓦礫が繰り出されたところだった。

 瓦礫に気を取られていると、俺が叩こうとした護衛が剣を振り上げて飛び込んでくる。


 剣を躱して、瓦礫を【刺突】で砕く!

 そこに別の護衛がナイフを投げつけてきて、それを横に飛んで避ける。

 けど、それ自体が俺の動きを誘導したみたいで、もう一人の護衛が剣を突き出しながら突っ込んでくる。


 そうか、サーベンもリンガーの手下だ。合わせて四人で戦うのにも慣れてるんだな……。


「チッ! ……でも、遅せえよ」


 真っ直ぐ突き出された剣をヒラリと躱し、勢い余ってつんのめってきた奴の兜に剣の柄を打ち付ける。兜がボッコリへこんで、気を失って前のめりに倒れると、ピクリとも動かなくなった。


 そんで……ちまちま連携されてもウザいだけだから、次はサーベンだ。

 やっぱりサーベンは実力が頭一つ抜けてるからな。


 サーベンに狙いを付けると、奴は警戒を強めて俺から距離をとって、身の丈ほどもある瓦礫を片手で掴み上げる。

 残りの二人は、サーベンの為に隙を作ろうと、俺を挟むように突っ込んでくる。捨て身か?

 でも、俺の狙いはサーベン。

 俺は二人を無視してさっきと同じく、【突撃】で踏み込んでいく。

 二人は止まれずにぶつかるだろう。


「ふぅんっ!」


 俺にその手は通じないって分かってるだろうに、サーベンが瓦礫を投げてきて視界が一気に塞がる。

 【刺突】で難なく瓦礫を砕くと――。


「おっ?」


 サーベンが続けざまに投げたようで、こぶし大の小さな“何か”が、もう目の前にまで迫っていた。

 小せえけど、これって……。


「爆弾じゃねえか!!」


 小さな箱だけど、蓋らしき場所に魔石があって、限界っぽいくらい点滅してやがる。

 あのデカイ箱と違って威力も小さいだろうけど、普通の・・・“生身の”人間を弾けさすには充分な爆薬が入ってそうだ……。


 ――けど、俺は……望んでなったワケじゃねえけど、普通じゃねえ! 

 俺は、剣を【体内収納】へ。いつ爆発してもおかしくない箱を躊躇いなく掴んで、それも【体内収納】へ。


 そんで、反転。

 見れば、案の定置き去りにしてきた二人がぶつかってひと塊になってる。

 すぐさま【体内収納】から箱を手の平に戻して……そこに向けて投げつける!


 ――ッバアアンッ!!


 二人に届く前に爆発しちまったけど、二人は爆風で吹き飛ばされた。

 一人は顔をかばおうとしてかざした腕がふっ飛び、もう一人は爆風をもろに受けた背中が変に折れ曲がって……。

 こっちにも爆風が襲ってきたけど、さらっと【硬化】して庇ったから俺もモモンガ娘も無傷。


「隙ありっ! ぬぅんっ!!」


 そこに、背後からサーベンの気迫のこもった声。

 チラッと振り返ると、両手で馬車の客車くらいある城の外壁材を振りかざして、俺達に飛びかかってきてる。

 完全にペチャンコにする気だろ!

 させねえけどな!!


 体内収納から剣を出してる暇はねえから、【硬化】してる身体に【強化爪】を重ねて、迫る外壁を片手で【掘削】!

 砕ききることはできなかったけど、大穴を空けることはできて、俺達の周りに外壁が轟音と砂煙をあげて着弾した。


 まさか俺達は生き残るとは思っていなかったサーベンは、スキル連発の反動で膝に手をつき肩で息をしながら、驚愕の表情。そして、諦めたかのように、ゆっくり上体を起こし、天を仰いでそっと目を閉じた。


 そこを【スマッシュキック】で蹴り上げる!

 上着の内側で薬瓶の割れる音と、骨の砕ける感触を残してかなり奥まで吹っ飛んでいった。

 これで六人は使い物になんねえだろう。


「……さあ、どうする?」


 俺はリンガーとスカムに向き直って問い掛ける。


 すると、リンガーの野郎は、息子であるスカムを盾にするかのように自分の前に押し出してやがる。


「スカムよ、お前のもう一つのレアスキルを使え! こういう時の為にお前にレアスキルを授けてやったのだからな!」

「は、はは、はいっ!!」


 そして――。

「う……うぐぅ!」

 ――俺の腕のなかでは、モモンガ娘を這うヘビが首筋にまで到達していて、今にも口を開こうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る