106.……んで、どうしよう?

 

 ☆☆☆☆前回まで


 ベルクが投げてくれた隷従のこてを受け取りに走ったレオ。

 時間的にも距離的にもギリギリなのに、レオと鏝の間にはリンガーとスカムが立ちはだかっていた。

 レオは、二人に偽装攻撃フェイントを仕掛けて、動きが止まったところをすり抜けようとする。


 しかし、何故かスカムにはレオの企みが“視えて”いて――。

 それを聞いたリンガーは、息子であるスカムをも犠牲にしてレオの動きを止めにかかる。


『大きく動けば鏝が地面に落ちて壊れてしまう』


 レオは、この窮地を二人の足下を【掘削】して掘り下げ、自分はその上を駆け抜けるように跳び越えて切り抜けた。

 そして、無事に鏝を受け取ることに成功する。


 ☆☆☆

 ☆☆

 ☆


 取った!!


 最後は転がるように鏝に飛び掛かって、なんとか受け取ることができた。

 ゴロンと一回転して着地した俺は、リンガーとスカムが穴ぼこに尻もちをついてるのを確認して――。

 ようやく手元の鏝に目を落とす。


 何の変哲もない木の持ち手。

 そこから金属の棒が伸びていて、途中で項垂れるように直角に近く折れ曲がっていて、その先には同じ金属製の円っぽい鏝先――本体がくっついている。

 大きさは膝小僧くらい。


 ひっくり返して印面を見れば、ほとんど全面を占めるように、ひと目でヘビだって分かる“頭部だけ”が刻まれていた。


 正面を向いて口を閉じて舌先が出てるヘビの顔。

 それも一筆書きっぽい浮き彫りだ。


 俺も“帝国”で経験したけど、身体に捺された後、焼き入れられたその痕は不思議なことにとぐろを巻くヘビになっていた。

 現にモモンガ娘の背を首に向かって這っているヘビも、ニョロニョロと全身が伸びている……。


 ヘビの姿のことは置いといて、今は印面の顔だ。

 ヘビには両眼があるけど、そこにはスキル結晶が埋め込まれていた。

 モモンガ娘を抱えてて片手が塞がってるから、持ち手を握る手を緩めてスルスルっと落として印面を直に持って……指で結晶に触れる。


 片目の結晶はコアスキル【服従〈2〉】。もう片目のは……。


「【呪縛〈3〉】?」


 これもコアスキルだけど、〈3〉っつう高レベル!?


 さらに!

 口から出ている、二股に分かれた舌の上にもスキル結晶が。


「ひ、【憑依ひょうい〈2〉】?」


 こりゃあ、レアスキルだぞ!


 そんで、一筆書きのように浮き彫りになってる“線”が、回路のように三つのスキル結晶を一本の線で繋いでいる。

 その線は、印面から棒、そして持ち手の底――剣で言う柄頭の部分――まで続いていて、そこには魔石が嵌め込まれていた。


 “帝国”では本当に熱せられた鏝で焼き入れられたけど……。

 これは魔石の魔力で“焼き入れ”と同じ効果を出す、そして三つもスキル結晶を使った魔道具だ。


 印を捺した相手に『ヘビを取りかせて【服従】を縛り付ける』……って感じか。

 なんとなく、俺が“帝国”で捺されたヤツより縛りが強そうだ。


「ん?」


 ……これ、魔石はもちろん魔物――ヘビ系の魔物の魔石なんだけど……。

 込められてる魔力は人間の魔力だ!

 しかも、混じり気のない、一人の魔力。


 ――そうか! これは多分、リンガー・ロウブローの魔力。


『魔石の魔力でヘビを取り憑かせて、その魔力の持ち主に【服従】するように縛り付ける』


 なんつう趣味の悪い魔道具だよ……この鏝。



「う、うぐぅ!」


 おっと、鏝に気を取られてる場合じゃなかった。

 モモンガ娘が限界そうだ。


 この鏝を――。


「…………」


 鏝さえ見つければ、壊さずに受け取れば、何とかなるって思って動いたけど……どうすればいいんだ?

 モモンガ娘は獣人。

 獣人にはスキルが無い。ということは、体内にスキル結晶も無い。

 だから、そもそも【スキル譲渡】とか【スキル吸収】でスキルのやり取りができない。

 鏝のスキル結晶を俺が取り込んで、【服従】スキルをモモンガ娘に譲渡して、服従の相手を俺に“上書き”して別の命令をすることもできな……。


「――そうかっ! 上書きか!!」


 俺は【魔力纏い】状態になり、全身の表面に魔力を張り巡らせる。

 そして――。

 鏝の魔石に触って、魔石にも魔力を流し込む。

 魔力を入れ替えるんだ!


 ――くっ! はいっているのが他人の魔力な上に、それが黒々と満ちていたから抵抗が強い。


 けど、街道での獣人傭兵達との戦いで、【魔力纏い】の扱いにも慣れたし、“人間”のコアスキルの【魔力操作】も引っ張られて成長したんだ。

 俺は集中力を高めて、魔石に俺の魔力を押し込み、その分のリンガーの魔力を押し出していく。


「おっ?! こう、か? よし、こうだな。いいぞ」


 コツを掴んだら、スルスルと魔力が入れ換わっていく。


「耐えろよ、モモンガ。もうすぐ、何とかしてやれる(と思う)からな!」

「ふぎゅぅ~、も、もうダメかも……」


 リンガーの魔力が全部押し出されて、魔石には俺の魔力が満ちた。

 【酸素魔素好循環〈3〉】でも回復が間に合わなくて俺の魔臓が空になりかけてクラクラするくらい、そして、元々の量よりも多く魔石が保つ限界まで入れた。


 そうしないと、上書きできなさそうだったから。


 そして!

 俺の魔力が満ちた鏝を振り上げて――。

 モモンガ娘の白い毛の奥で、首に辿り着いて牙が見えるくらい大口を開けているヘビの、その頭に――。

 振り下ろす!!

 おまけで、俺の【魔力纏い】の魔力も付けてやる!!


 バシンッ!!

「――ふぎゃあっ!」


 鏝が勢いよくモモンガ娘の首に触れると、鏝の魔石が炭色に光を放ち始めた。


 パァアア……シュルシュルシュル。


 その光が俺の魔力とも混じり合って、鏝を走る線を走り、あっという間に印面に到達。

 そして、印面が一際激しく放った光が漏れ見えた。


「――ッ!!」


 直後、鏝の魔石が色を失って透明になり――。

 バリンッと砕け散った。


 俺は鏝を放り投げ、モモンガ娘の首の毛を掻き毟るように退けて、ヘビを確認だ。

 口を開けて、今にも噛みつかんとしていたヘビは……とぐろを巻いて澄ましている。


「…………。モモンガ娘、お前に命令する」


 モモンガは俺の腕に寄り掛かってグッタリしている。

 けど……彼女の丸みのある耳が、俺の言葉にピクリと動いた。


「自由に生きろ」

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