100.俺にとっての『マリア』の役割をしてやる
毒を流し込んだ密室の中で俺が生きてることを知ったサーベンは、扉の向こうから隙間を通して、モモンガ獣人に持たせた箱に魔力を当てた。
そして、どうやってんのか、分厚く重いはずの扉を勢い良く閉じ……ご丁寧にもまた鍵まで掛けやがった。
部屋の中に取り残された背の小さい白モモンガ娘の手に括りつけられた箱は、座ってる俺からでもちゃんと見える。
その蓋には、魔石が埋め込まれていて、光っては消えを繰り返し始めた。
彼女は首を傾げながら、手元で点滅する箱と、ソファに座ったままの俺を交互に見る。
ブワアン…………ブワァン………ブワン……。
その点滅の間隔が少しずつ短くなっていく。
この点滅が終わると、何かとてつもなく良くない事が起こるんだろうなってのは、ひしひしと感じる。
それなのに、ソレを持っているモモンガ娘は緊張してる風でもなく、何かを覚悟してるって感じもない。
ただただ扉の近くで突っ立って首を傾げているんだ。
「お前の持ってるソレ……中身、何?」
黙ってるのもなんだから、直接尋ねる。
でも、彼女は首を傾げて――。
「し、知らないです。……何ですかね?」
「……」
サーベンから教えられてないんだな。
【強聴覚】で聞こえた限りでも中身のことは触れてなかったし、『何があっても絶対にソレを手放すな』って言われただけ。
隷従印を捺された奴は、その言いつけを破ることは死を意味するから守らざるを得ない。言いつけを守った後のことなんて伝える必要が無いし……。それは俺も“帝国”で経験済みだ。
しかも、箱と手を紐でガチガチに固定する徹底ぶり……。
ブアン……ブァン…ブア。
そうこうしている間にも、着々と点滅の間隔が短くなっていく。
限界が来たら、箱はどうなる?
また毒でも出るのか? いや、毒が効かなかった時の保険に毒を持たせるのは無いな……。
じゃあ、奴らはどうする?
ブアッ……パア…パァッ!
奴らはモモンガ娘の命なんて、ほんの一欠片も惜しまないだろう。
だったら、燃える?
一気に燃え広がるにしても、“弱い”。
――爆発かっ!?
城の中にこれ見よがしに領内で採れた鉱石を飾るくらいだ。鉱山の発破用の爆薬なら、いくらでもあるだろう。
そうか、鉱石か! 部屋に流し込んだ臭い毒って、鉱石に手を加えて発生させた毒なのかもな。
俺の中では、いよいよ『爆発』っていう結論になる。
そう考えると――。
この部屋……分厚い扉に合わせて四方の壁も厚い。扉のすぐ外の音さえ、俺の【強聴覚】でやっと聞こえるかってくらい通さない。
おまけに窓も嵌め殺しの小さいのが高い位置にたった一個。よく見りゃ、外の光が歪んで入ってきてるからガラスも分厚いんだろう。
毒のガスを外に漏らさない事もそうだけど、爆発にも耐えるように作られてるっても考えられるな。
「多分だけど……爆発するぞ、ソレ」
「えっ……ええ!?」
俺の確信に近い推測をモモンガ娘に伝えると、彼女は手元の箱に目を落とし、すぐに驚きに目を見開いて俺を見てくる。
「ど、どどど、どうしよう!?」
そして、慌てて箱から手を放そうとするけど、括り付けられてるから出来るワケもない。
更に、手を放そうとしたもんだから――。
「う、うぐっ! ぅうー」
――背に捺された焼き印のヘビが動いたんだろう、苦悶の呻きを漏らして、急いで箱を持つ手に力を入れる。
パッ! パッ! パッ、パッ、パッパッパッ……。
「ぅう~。わっ! わわっ!」
彼女の動揺なんて関係なしに、魔石の点滅はどんどん速くなる。
思えば、俺の目の前にいる無力な獣人は“俺”だ。
俺は黒、コイツは白――色無しっていう、色が理由で捨てられたり迫害されたりで、隷従させられるところまで堕ちた。
おまけに名前も無いときたもんだ。
俺にはマリアがいたから、『レオ』っつう名前を付けてもらえたし、色んな常識を教えてもらった。
コイツには、まだそういう奴がいない。
体毛と同じように、真っ白な……純粋な心を、隷従印で利用されている。
しかも、コイツが直接悪さをはたらいてるところを俺は知らない。ファーガスを助ける為に俺を攻撃してきたけど、それもとても手慣れてるとは言えない手際だったし……。
ファーガスもコイツは『追跡・監視をさせられているだけ』って言ってたな。
……よし!
どうすればいいのか、全然わからねえけど……俺がこの状況と隷獣っていう立場から救い出して、コイツにとっての『マリア』の役割をしてやる。
けど、どうやってコイツを助ける?
ぶっちゃけ、俺一人だったら箱が燃えようが爆発しようが耐えられると思う。
まず、箱に厳重に括られた手をどうする?
そして、手をなんとかした後の爆発からどう守る?
あと、隷従印。
モモンガ娘は獣人。
獣人にはスキルが無い。――ってことは、スキル結晶を持たず、【スキル譲渡】も【スキル吸収】もしてやれない。
その体に捺された隷従印をどうやって消す?
パッパッパッ、パパパパ……。
――やべっ!
あれこれ考えて、答えが出ないうちに時間がきちまいそうだ!
「くそっ、おいモモンガ、そこを動くなよ!」
「は、はいです!」
俺は今さらながらソファから立ち上がって、箱を持つモモンガ娘に駆け寄る。
パパパパ、パァアアアア……ドッ――。
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