99.点滅

 

 シュー…………。


 棚――キャビネット――の扉の隙間から、何かが噴き出す音が続く。

 仕掛けがあって、たぶん隣の部屋から送り込まれてるんだろうな。

 煙みたいにモワモワしてるわけでも色が付いてるわけでもない。


 あ、棚に飾られている生の花が変色してみるみる萎れていく……。

 俺はそれを見て、鼻で大きく息を吸う。

 スー……鼻ん中や舌に、ピリピリする刺激がきて、苦みも感じる。


 うん。毒だな、こりゃ。

 それより何より……くっせぇええっ!!


 一番に来るのがピリピリくる刺激。すぐに香辛料、それも生のヤツが腐ってドロドロになった感じの、ツーン、モワっとした強烈なニオイ。そこに真夏に熱々の石畳に雨が降った後の独特のニオイも加わって……鼻の奥にこびり付きやがる。

 鼻呼吸したことを後悔しつつ、無い頭でどんな毒なのか考える。


「魔物の毒じゃねえな」


 ヘビ系のともヴァンパイア・ビーとか昆虫系のとも違う……根とかトゲ、葉や花びらから出る植物の毒とも違う。

 こんなことならギルドの資料室で知識を身につけたマリアも連れてくれば良かった。って、これは毒だった! 連れて来なくて大正解だったじゃねえか!


 うーん、分からん。

 でも、俺の【毒耐性・中】が頑張ってくれてるみたい。

 おかげで涙が出る程度……あっ、鼻水が一筋タラ~――って鼻血じゃねえか!


 ……ってことは、花も変色して茎も萎れていくし、組織を腐らせる系の毒かな。

 いずれにせよ、もう鼻血は止まり、目もシパシパする程度まで回復してきてる。この分じゃ、すぐに平気になるな。


 俺はソファに座ったまま足組みして、シューっと毒の噴き出される音を聞きながらマズイお茶をすする。

 あ、音が止んだ。毒は終わりか……。それと同時に、一気にニオイも引いて行く。

 ふぅん。取り込んだら即効性があるのに、取り込まれなかった物は割とすぐに散る毒か。


 毒の噴き出しが終わって少し経って部屋の空気が普通に戻った頃、締め切られた扉の向こう側から、かすかに音が聞こえてくる。

 それを、【強聴覚】を発動して窺う。

 くぐもってるけど、人の声だ。男と……子ども? 二人くらいで普通の大きさの声で話しているようだ。

 俺はそれに集中して聞き耳を立てる。


「コレを持て」

「はいです。……ちょっと重いです。なんですか、コレ?」

「お前が知る必要はない」


 ――シュルシュル……。


「どうして紐で結ぶです?」

「お前がソレを落とさないように、だ」


 ――キュッ、ギュ。


「よし。いいか? 今からこの扉を開ける。お前はソレを持ったまま中に入り、中に誰かいるか、いたら寝てるのか起きてるのかを俺に教えるんだ」

「誰か、です?」

「そうだ」


 ふむふむ。これから誰かが何かを持ってここに入ってくるんだな?

 中に入ってくるってことは、扉が開く。

 ……その隙を突いて、外――通路――に飛び出すか?


 そして、リンガーを探して『俺を閉じ込めて、毒を流し込んで殺そうとした』って問い詰める。それを“声写しの魔道具”で写し取れば……?

 いや、肝心なのはリンガーがネイビスや獣人のファーガスの悪事の親玉なのかとか、ラボラット村のことだ。

 俺が俺のことで騒いだところで、俺には毒が効かなかったんだし、その毒ももう消えてるし、またシラを切られるに決まってるな。


 ガチャ。

 ――っ!?


 迷ってる間に、扉の鍵が開く。

 俺は飛び出すのをやめ、黙ってソファに座ったまま扉を見つめる。


 キィィギギギギィ……。


 分厚くて重い扉が、ゆっくり開かれてくる。

 でも、ほんの少しだけ開いて扉は止まった。


 そして――。


「いいか、何があっても絶対にソレを手放すな、これは命令だ」


 ――ドンッ。


「ううっ! は、はいなのです」


 今度はヒソヒソ声だけど、はっきりくっきり聞こえてくる。

 両方聞き覚えのある声だなって思ったら、扉の狭い隙間を白くて小さい奴がよろけながら抜けてきた。


 そいつは転ばないように自分の足下を見て踏ん張って、扉のすぐ側で止まる。その両手の間に箱を持ち、それを紐でぐるぐるに括りつけられていた。箱も箱で厳重に縛られている。


 モモンガ獣人だ。体毛が白く、獣人の中でも『色無し』の忌み子として迫害されてるんだっけか?

 そして、獣化したまま隷従印を捺されてた隷獣。

 ファーガスの時に見た姿より、少しやつれたか? あの時よりももっと細く見えるし、フワフワだった白い毛もパサパサしてる。


「ふぅ、転んじゃうところでし……た?」


 自分が転ばなかったことに安心して息を吐いたモモンガが、独り言をこぼしながら部屋の中を見渡し――。

 俺と目が合う。


 俺はソファで脚を組んだまま、『よっ、また会ったな』って感じで片手を上げる。

 モモンガは凍っちまったみたいにそのまま固まってる。


 そのモモンガの背に、扉の外から男の声が掛かる。サーベンだな。


「おい、どうした? ガキは生きてるか・・・・・・・・?」

「――はっ」


 おいサーベン、“中に誰かいるか、いたら寝てるのか起きてるのか”調べさせるんじゃねえのかよ。本音が出てるぞ……。

 けど、サーベンの呼びかけで我に返ったモモンガは、その言葉の違いには気付かずにサーベンへと向き直って会話を続ける。


「お、起きてるです!」

「なにっ?! ……仕方ない、命令を忘れるなよ」


 厚くて重い扉の隙間を通したやり取りは、それで終わった。

 サーベンの言葉のすぐ後に、扉の隙間から薄っすら赤く光る玉がフワッと飛んできてモモンガの持つ箱に当たる。

 攻撃では無かったみたいで、箱もモモンガ娘もなんともない。


 でも、箱の上面から、強くは無いけどはっきり赤いって分かる光が放たれた。

 ――その瞬間、少し開いていた扉が勢いよく閉じられ、ドオンという重い音が響く。


 モモンガ獣人も、何が起こったのか分からないようで、首を傾げて俺を見る。

 いやいや、俺も知らねえよ?


 ただ、彼女の持つ箱の上面には、魔石? が埋め込まれていて、それが光っては消えを繰り返しているみたいだ。

 それが、ブワアン……ブワァン……ブワンって、少しずつ光って消える間隔が短くなってくる。

 これは点滅ってやつだな。


 そんで、この点滅が終わると……?

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