98.毒だな、こりゃ
「ガキにスキルはありませんでした。ひとつも……」
後から現れたリンガーの配下の総髪髭野郎――サーベンが、確かにリンガーにそう耳打ちした。
俺からはリンガーの後姿しか見えなくて表情は窺えなかったけど、舌打ちだけが聞こえてくる。
二人が足を止めたのに合わせて、俺もお付きのメイド長も少し離れて立ち止まる。
それにしても……ちゃんと魔道具が働いてるじゃねえか。
スキルを隠すっつう魔道具が
でも、向こうの二人の雰囲気としては、“鑑定して把握しときたかったスキルを、隠されたかして見れなくて悔しい”ってな様子じゃない。
もっと深刻な“何か”を感じる。
……何だってんだ?
少しの間、通路を沈黙が包む。
リンガーが顎に手を当てて何やら考え込み、サーベンはそれをじっと待っている。
沈黙はふいに終わり、リンガーが顎から手を離して俺の方に向き直った。
その表情は、相変わらず無表情……いや、落ち窪んだ目だけには殺気のような意志が籠ってる。
「すまんが、小さな野暮用が出来た。形式的な謁見を予定していたが、それは飛ばして、用を済ませた後に直接宝物を授けよう。直に選ばせてやるゆえ、第二宝物庫の近くの控えの間で待っていろ」
リンガーはそう言って、メイド長に俺を三階の一室に案内するように命令して、本人はサーベンと連れ立って通路の奥に消えた。
「ささっ、ご案内いたします。どうぞこちらへ……」
「あ、ああ」
……何かある。
『第二宝物庫』って言葉が出た瞬間、サーベンまでもが雰囲気を変えた。
場所も、お宝を仕舞っとくのに上の階ってのが気になる。
貯め込む量にもよると思うけど、お宝部屋は大抵は一階とか地下にあるんじゃねえの? たまに行く魔道具屋や武具店ですら、値の張る物は地下の倉庫から引っ張り出してくるくらいだからな。
まあ、動きがあったってことで、俺は大人しくメイド長の案内に続いて別の通路を進む。
☆
「サーベン。確かにスキルは表示されなかったのだな?」
「はい」
レオとは別の通路を進み無人の部屋に入ったリンガーとサーベンは、自然とひそめられた声で鑑定結果を確認した。
誤りは無いと返答するサーベンは、ひとつ息を呑むと、主を窺うように上目遣いで先に口を開く。
「旦那様……“あの部屋”を使うのですね?」
「……ああ。久し振りに使うが、ちゃんと機能するのだろうな?」
「はい。手入れは怠っておりません。
「そうであれば良い。始める切っ掛けも貴様に任せる」
「ははっ」
黒髪黒瞳のガキが、予感通りにスキルを待たなかったという結果に、リンガーは深い溜息を吐く。
そして――。
「“アレ”が普通にスキルを持っていれば、適当に褒めて安物を褒美に渡して帰すつもりだったが……」
いかなリンガーでも、ここで功労者として招いた少年に手を下せば、オクタンス家と決定的な溝を生む。
リンガーは金と策謀で意のままに操れる貴族家を増やしてきたが、オクタンス家――特に当主のエトムントは高レベルの【鉄壁】スキルによって、大規模な社交になれば近衛に交じって王族の護衛を託されるほど王家からの信頼が厚い。
ロウブロー家とオクタンス家は、互いに子爵として同格であるが、表と裏、明と暗、とでもいうように対照的な処世の道をゆく。
決定的な溝が生じることは、『謀略を持って覇を唱える』というリンガーの宿願の遅滞や妨げになりかねないのだ。
だが鑑定結果が、“レオが、殺したはずの自分の子”だと分かった今、そうも言っていられない。
エトムントへの釈明を考えなければいけないし、実質的に
だが、自分のことや嫡子としているスカムの将来を思えば、やるしかない。
「やるとなれば、失敗は許されん。完遂するのだ」
「はっ!」
「万が一、綻びが出た場合の二の矢も用意しておけ」
「……手段を問わないのであれば、部屋ごと吹き飛ばしますか?」
「そうだな……部屋一つ吹き飛んだところで直せば済む。そうだ、今の改修作業で足を痛めた者がいたであろう。そいつに爆裂の魔道具でも括りつけて部屋に放り込め」
「はっ!」
「――待て」
レオに対する次善の策も定まったことで、早速準備にかかろうと扉の取っ手に手を掛けたサーベンの背に、リンガーの訂正の声が掛かる。
「魔道具を括りつけるのは、あの役立たずの隷獣に変更だ。奴を置いていても我がロウブロー家の役に立たぬことは明らかだ。処分の手間が省ける。私は“その後”の始末を考える。抜かるなよ、サーベン」
「ははっ!」
☆
なんか、飾り付けでゴツゴツした手すりとか踊り場の像をやり過ごして三階に案内されてる。
メイド長に続いて三階通路を歩いていると、突き当たりから二つ目の部屋の前で彼女が止まって俺に振り返った。
ってことは、奥の端っこの部屋が『第二宝物庫』か?
「こちらでお待ち下さい」
奥の手前の、扉の開け放たれている部屋。
言われたとおりに中に入ると、城内とは打って変わってシンプルな部屋だった。
さすがに高価そうだけど、テーブルと対のソファがあって、そこに座って周りを見遣る。
宝物庫側の壁には生花の飾られた棚、他の壁には絵もあって天井にはシャンデリアのような照明の魔道具が吊り下がっていてキラキラ灯っている。
そう。午前の時間、外は晴れてるのに照明が灯っているんだ。
部屋には窓って呼べないくらいの横長の細い窓が高いところに一個付いてるだけ。それも嵌め殺しで、開け閉めできないヤツ。
違和感は、そこともう一つ。
開け放たれている扉が厚いんだ。普通の三倍は厚い、重そうな扉。
……ってことは、壁も同じくらいかそれ以上に厚いんだろうな。
鉄格子があれば牢屋じゃねえか!
その扉んトコにはメイド長が恭しい感じで手を前に組んで立っている。
……ふ~ん? 俺を閉じ込める気か。
そんなことを考えていると、部屋の外からカチャカチャと音を鳴らしながら誰かが向かってくる。
見ていると、その音の主はサーベンだった。
お茶のセットを載せたお盆を片手に入ってくる。
「リンガー様がお越しになるまで、もう少々お待ち下さい」
コトコトと、お茶やお菓子を置いてってくれる。
うん、匂いからしてお茶も菓子も安物だな。ベルナールのギルマス室で出されたヤツの方が、よっぽど良いぞ。
そして……サーベンは入り口で俺に一礼すると、メイド長と一緒に部屋から出て行く。
ギギギギィ……ドォン――ガチャ。
重そうなっつうか重い扉を片手で引いて軽々と閉めやがった。ご丁寧に鍵まで。
「……」
扉の閉まった部屋の中には、外の通路の音も隣の物音も聞こえてこない。
さて、何が起こる?
そんなに美味くない、なんなら何か混ざりものの入ってそうな味のお茶をすすってると――。
シャッ、ガコン!
宝物庫側の棚の辺りから小さな物音。
おっ? 何か開いた?
そして――。
シュー…………。
空気――じゃないだろうけど、気体が吹き出される音。
その音がしばらく続くと、棚に飾られていた生の花がみるみる萎れていく……。
うん。毒だな、こりゃ。
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