97.城内へ

 

「お前に我が宝物ほうもつから褒美を取らせる。これから城に参れ」


 やっぱりリンガー・ロウブローから、城に誘われた。

 無表情で、有無を言わせぬ物言いだ。

 俺は元々乗り込んでやるつもりだったし、こういった貴族と平民冒険者の間で拒否っつう選択はややこしくなるだけだから、「ありがとうございます」と返す。


 さらに、リンガーはベルナールに対しても――。

「キューズの冒険者ギルドマスターであるお前には、我が城下の冒険者ギルドへの報告や手続きの諸々をしてもらいたい。ギルドを介しての報酬も出そうぞ」


 “依頼は出してないけど、緊急討伐として俺達を一パーティーとして報酬を払うから手続きしろ”という名目で、自然に俺とベルナールを引き離してもくる。


「オクタンス卿、それでよろしいか?」


 中央で顔を合わせてから、リンガーの主導でどんどん話が進む。

 自分にいくつもの容疑が掛かってるってのに、それが無かったかのような振舞いをしやがる。


 ……ただ、それは分かってたこと。

 俺がリンガーの声を拾ってたなんて、夢にも思ってないだろう。“敢えて誘いに乗る”って決めてることも。


 リンガーは、物事がうまく運びそうだという期待感と、それはエトムント様の返答次第だという緊張、両者が入り混じったような表情で待っている。

 対するエトムント様は、渋々といった風を演じながら口を開く。


「……いいだろう。私は、私の兵とともにここで待とう。その二人は、冒険者といえども我が民だ。くれぐれも変な気は起こさないで頂きたい」


 釘を刺すのも忘れなかった。

 エトムント様の返答に、リンガーは喜色を浮かべ――。


「当然だ。二人の活躍を労うべく招くのだからな。ついて来るがいい」


 朗々と応えると椅子から勢いよく立ちあがって、自分の城の方向へとその細長い体を翻す。

 その時に奴の口元がニヤリと歪んだのを、俺は見逃さなかったし、ポロっと口を衝いた言葉も聞き逃さなかった。


『掛かった!』


 リンガーは、そのまま俺とベルナールのことを振り返りもせず、サーベンって呼ばれてる髭男を「手筈を整えろ」と先行させ、自分も三人の騎馬護衛だけを引き連れて豪華な馬車に乗り込んでさっさとイントリ方面に進む。

 俺とおっさんも、急いで馬に乗って後に続く。



 その移動の最中、ベルクの爺さんが俺とおっさんの間に現れた。走って馬の速足はやあしについてきている。

 ほとんど気配が無くて、前を行くリンガーの護衛達の誰も気付いていない。


 この速さだと一時間くらいでイントリに着くっていう情報と――。


「レオ殿、先程レオ殿が聞いた通り、奴の城には鑑定の魔道具があります。そこで、確実にレオ殿のスキルは読み取られるでしょう。もし、見られて不都合なのであれば、以前お渡しした魔道具をお使いなされ」


 ――助言をくれた。


 以前渡された魔道具。

 ……マリアの『火矢』の巻物を受け取ったオクテュスの魔道具店で、一緒にもらった木箱の中身。


『発動者の全スキルを、他者から隠し、スキル表示させない為の魔道具』


 箱に括りつけられた手紙には、『いずれ必要になった時に使うがいい』っていうエトムント様からのメッセージが書かれていた。

 その使い時が、今だってことだ。


 ……やっぱり、俺のスキルのことはエトムント様やベルクさんに筒抜けってことが確定したな。オクテュスの城にも、どっかに鑑定の魔道具が仕込まれてて、褒賞の時に俺のスキルが読み取られてたんだな……。

 まあ、知っても何も言わず、露骨に利用しようとか脅してくることもなかったから、悪意は無くて逆に心配してくれたんだろう。


「わかった。使わせてもらうよ」

「そうしなされ。効果は半日ほど続きますから、充分でしょう」


 ベルクさんはそう言って頷き、「私は先に城に潜り込んで、仕事を済ませてお待ちしています」と、姿を消そうとし――。


「そうでした。念の為にこれもお預けします。万が一、私が合流できなかった場合に備えての物ですが、躊躇わずにお使い下され」


 ベルクさんから手渡されたのはカメオっつうの? ポケットに収まる大きさのブローチみたいな物。

 声写しの魔道具で、魔力を通すと、数分間その場の音を写し取れる物だそうだ。

 もしリンガーの口から重要な話が出たら使うように、と。


 ベルクさんの気配の消し方からして、いてもいなくても判別できないだろうから、遠慮しないで使えってことか。


 んで、ベルクさんが姿を消したのを見届けた俺は、馬を操りながら【体内収納】から木箱を取り出す。

 俺の片手に載る大きさの四角い木箱は、紐できつく四方を括られていて、もらってから一回も中を見ていない。

 まあ、体内収納が中身を勝手に溶かして吸収するクソ仕様だって判明してから、毎日取り出しはしてたんだけどな……。


 少し緊張しつつ紐を解き、蓋を開ける。

 指輪?

 パッと見、普通の銀色のリングに虹色っぽい半透明の小さい石がはめ込まれている。

 けど、リングの内側には、巻物で見たような読めない文字がぐるっと模様のように刻まれていた。

 それに、リング自体がちょっとデカイ。俺の親指でもブカブカしそうだ。


 まあ、それでも身に着けないことには始まらない、と一回唾を呑みこんでから親指に通す。

 すると、大きさが自然に俺の指ぴったりに締まって……俺の体から魔力が抜ける感触と同時に石が一度、ボワっと虹色に光った。

 それだけ。

 本当に俺の全スキルを隠せてるのか……実感が無いし、確かめようもない。


「……まあ、信じるだけだ」


 俺とベルクさんのやり取りを黙って見ていたベルナールも、俺の呟きに「だな」と頷き、俺達はリンガーの馬車の後を追う。



 街門を抜け、数日前に通った大通りを進んでいくと、リンガーの護衛騎士の一人が下がってきてベルナールに冒険者ギルドに行くようにと念を押してきた。


「レオ、粗相のないようにな」(レオ、健闘を祈る)

「分かってるよ、気を付けるって!」(頑張るよ!)


 俺とおっさんは目を合わせ、頷き合う。

 ここからは別々に、お互いにやるべき事をやるんだ、と。

 おっさんはイントリの冒険者ギルドを制圧し、そこの実権をリンガーの息のかかった役人からギルドマスターに取り返す。

 その後、俺への合流を目指すそうだ。



 独りになった俺に、護衛騎士の一人が張り付く。

 ……逃げねえってのに。

 そして、城門を抜けて城へ。

 なんか、いろいろ工事してるみてえで、外観のところどころに足場が組まれ、高いのだと三階くらいまでの足場もある。

 ただ、作業してる人影は無い。平原に駆り出されたんだろうな……。


 城の入り口に着いて下馬すると、今度は騎士二人に張り付かれて待たされる。

 リンガーは先に城に入り、あらためて使用人らと入り口まで出てきて出迎えるって形式らしく、それまで待てってことらしい。


 本当は、鑑定の魔道具の準備だろ?

 変に取り繕いやがって。



「やあやあ、待たせたな。冒険者レオよ、ようこそ我が城へ」


 三十分くらい立ちっ放しで待たされた後、リンガーが御仕着せ姿の男女をゾロゾロ引き連れて出迎えてきた。

 入り口の両側に並んで頭を下げる使用人の間を、リンガーを先頭にメイド長らしきおばさんに続いて中に。


 入り口ホールはこざっぱりしているけど、正面の壁一面にでっかい絵が飾られていて――。


 中央にいる少し大きめに描かれた平服っぽい一人の男を、大勢の農民服を着た人達が笑顔で囲んでいた。

 その外側には、実って穂を垂らしている麦がいっぱいに広がっている。


「地方豪族から貴族になられた初代様を描いたものでございます」


 メイド長さんはどこか誇らしげに教えてくれたけど、前を行くリンガーがその絵を一瞥して苦々しい表情になって歩くのも早くなったのを、俺は見逃さなかった。

 ホールを抜けると、一転リンガーの歩みはゆっくりになる。

 通路の柱の一本一本に彫り物が施されていて、その間にデカイ鉱石みたいなのがズラズラと展示されていた。

 壁にはリンガーやスカムって言ったか? 子豚――子どもの肖像画や鉱山都市の風景画が並んでいる。


 これを見ろってことで、ゆっくり歩いてんのか?

 趣味悪いな……。


 通路を歩いていると、どこからかサーベンが現れ、ススッとリンガーにすり寄って何やら耳打ちした。

 【強聴覚】発動っと。


「ガキにスキルはありませんでした。ひとつも……」

「チッ」

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