96.城に参れ

 

「気を抜くなよ、レオ」

「ああ。おっさんもな」


 ロウブローの軍勢と向かい合うオクタンス軍の陣の裏側から、エトムント様と数人の護衛に先導されてベルナールと二人でリンガーの待つ中央へ馬に乗って向かう。

 礼がしたいってのは嘘で、罠だとは思うけど、出て行かないことには事態が動かなそうだからな。


 ゆっくりと馬を歩かせて、味方のオクタンス軍を抜けると、離れたところにぽつんと数人の集団が見えてくる。

 先導してくれてるエトムント様達の間から数えると、全部で五人か……。

 五人とも馬から下りていて、一人だけキラキラと朝日を反射する銀の床几しょうぎに座って腕組みしてる男がいる。


「あれがリンガー・ロウブローだ」


 エトムント様が俺達に振り返って教えてくれた。エトムント様よりも年上そうで、細身の銀髪の神経質そうな男。それなりに背も高そうだ。


 俺らが近付くと、向こうからもこっちの姿が見えたのだろう。たぶんベルナールを見て……そして、俺の方に視線がきて、一瞬目が合う。

 ――と思ったら、奴は落ち窪んだ目を大きく見開いて、他の連中を遠ざけ、すぐ側に控えていた緑髪を頭ん後ろで一結びにしてる髭面男に振り返った。


 ☆


(く、黒髪だと……? 瞳まで黒い……)


 色素の薄い髪色ほど高貴とされるこの世界に生まれた黒髪黒瞳。……平民にさえ少ないという黒髪黒瞳。


 それはリンガーに、十数年前――スカムの生まれる以前に自らと妻との間にも起きた出来事を想起させる。

 リンガーは思わず背後に控える総髪馬蹄髭の側近を振り返る。


「おいサーベン。貴様にも“あれ”が見えているだろう?」

「は、はい……」


 サーベンもリンガーの下へ寄って膝をついて消え入るような声で答えるが、その目はレオを見たままだし、表情は狐につままれたかのよう。


 その時視線の先では、ゆっくりと馬を歩ませているレオが人知れずとあるスキルを発動したが、誰も気付く者はいなかった。



『黒髪に黒瞳という不気味な容姿なばかりかスキルすら持たぬなんて……そんなモノ、俺の子どもでは無い! 俺の出世にクソほどの役にも立たぬようなモノは生かしておくだけ無駄だ……即刻始末して来いっ!』

 リンガーの頭に、十数年前に吐いた言葉がよみがえり、反響する。


「まさか……“あれ”は、あの時貴様に処分を命じたモノではなかろうな? 怖気づいて処分したと私をたばかったか?」

「そんなはずは……あの時は長く仕えていた屋敷の下男に確かに命じました」

「そいつは今、どうしている? 城にいるか?」

「いいえ……。数年前に不始末があって、旦那様がネイビスに処分させております」

「そうだったな。それでは、確認のしようがないではないか」

「申し訳ございませぬ……」

「いや、待てよ……」


 自らの護衛にも聞こえないような小声での会話で多少の冷静さを取り戻したリンガーは、サーベンの胸倉を掴んで更に引き寄せ、その耳元に囁く。


「あのガキが“あれ”か確かめるぞ」

「……どのように?」

「城に戻れば鑑定の魔道具があるだろう? そこを通らせる」


 冒険者ギルドにあるスキル表示板。その上位互換の道具として、各貴族は鑑定の魔道具を居城か邸宅に設置している。

 スキル表示板のように手で触れる必要のない、床や壁、天井に設置し、そこを通った者のスキルを読み取る魔道具である。

 高額ゆえ、大抵の貴族は一つだけ所有していて、客人用のエントランスや謁見の間のような面会用広間に設置していて、ロウブローの居城でもエントランスに設置してあった。


 ☆


 丸聞こえだってーの。

 俺を見たリンガーの様子が変だったし、その側の髭のおっさんの目なんか俺に釘付けって感じで怪しかったから、初めて【強聴覚】を使って盗み聞きしようとしてみれば……。


 うるせーのなんの!

 風の音から馬の蹄の音、その馬や近くのベルナールの息遣いや心臓の音まで聞こえるようになって?

 ある程度、意識に方向性を持たせて集中するって感じで、辛うじて狙った声を聞き取れるようになった。それまで音の洪水に襲われて独り悶えてたのは内緒だ。


『あのガキが“あれ”か確かめるぞ』


 俺が聞き取れたのは、そこから。

 で、たぶん『あのガキ』って俺のこと。“あれ”が何なのかは分からねえが……。

 俺はこれからイントリの城に連れていかれる、ってか。


「ぉぃ、おっさん」


 今度は俺の方が小声になって、隣を行くベルナールに向こうから聞き取ったことを伝える。もちろん今も聞き耳は立てている。


「今さら驚かねえが、そんなスキルまで持っているのか、レオ」

「そこ? 実は初めて使ってみたんだけど、あんまり使い勝手はよくねえな、まだ。それよりどうする? あ、おっさんのことは冒険者ギルドに行かせて、俺と分断する魂胆みてえだ」

「ふむ……エトムント様のことは? 何か言ってるか?」

「うーん……できれば、この平原に張りつけときたいみたいだな。城までついてきた場合は、途中で分断させるようなことを言ってる。ほら、貴族と平民を分ける的な?」

「そうか。これは、エトムント様の判断を仰いだ方がいいな。いくぞ、レオ」


 俺達はさりげなく馬の足を速めて、エトムント様に追いつき、今の話を報告する。

 エトムント様は、リンガーがまたもや何かを企んでいることに「まだ動くのか」と不快感を示すけど、俺が乗り気なのを見て何やら考え込む。

 ここまできて、貴族同士の話し合いっつうか探り合いに付き合わされるなんて、暇で面白味がねえからな。


「レオ君がそう言うなら、行かせてみてもいいやもしれんな。問題は君やベルナールの安全面だ」

「それは俺がなんとかしますよ。最悪、城をぶっ壊してでも逃げますから」

「そうです。オレも引退しているとはいえ元冒険者。レオもオレも、それくらい自分で切り抜けます。兵の大半――いや、ほとんどの兵がこっちに出張ってるでしょうから、城の方が手薄でかえって安全じゃないですかね?」


「そうか……。私の方でも、一応、ベルクをつけよう」


 エトムント様がそう言うと、俺らの方を見たまま、「いいな?」って問い掛ける。

 誰に? なんて思ったけど、すぐにエトムント様の乗る馬のすぐ横――誰もいるようには見えない場所から「かしこまりました」って声だけが返ってきたから、俺もおっさんもびっくりだ。

 今までで一番気配を感じなかった。ってか、分かんなかった。そして、もうどこにいるかも感じ取れない。


 怪しまれないように馬を歩かせながらの報告だったので、もうリンガーの待つ中央はすぐそこ。

 俺達は話をやめ、歩みを進める。


「その二人が、ラボラット村の異常事態を防いた者か?」

「そうです。我が領の冒険者ギルドに所属している若き冒険者と、そのギルドマスターだ」


 リンガーを前に馬から下りて膝まづく俺らの頭越しに、奴とエトムント様が会話する。

 エトムント様が立っているのに、奴はキラキラした携帯畳み椅子に座ってふんぞり返ったまま。


「両名、面を上げよ」


 横柄な物言いにカチンと来るけど、ここでは付け込まれるような失敗はできないから、黙って従う。

 だって、無礼討ちにされたくないし……。っていうか、そうなったら絶対両軍乱れた乱戦になっちまうしな。


 顔を上げた俺に、リンガーの食い付くような視線が刺さる。

 俺の何を確かめたいんだ、こいつは?


 それから、年齢や出身やら聞かれ――。


「お前に我が宝物ほうもつから褒美を取らせる。これから城に参れ」


 きましたー!

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