95.ご対面から生じる疑惑
『あのような事態を防いでくれた者らに礼がしたい』
空が白み始めた平原で、オクタンス軍とロウブロー軍があらためて向かい合った時。
今度はリンガー・ロウブローの方から中央に出てきて、そう言ったそうだ。
ラボラット村でリビングデッドを殲滅した俺らに、真ん中まで出て来い、って……。
「どうするよ、レオ?」
ベルナールが俺を窺うように見てきて、更に続ける。
「十中八九、罠だろうな。昨日の話じゃねえが、出てって対面したところで、少しでも粗があればその場で“無礼討ち”ってのも有り得るぞ」
「だよなぁー。でも、これを逃せば、なんかズルズル先伸ばしにされるんじゃね?」
そのうち、色んな繋がりの貴族とか巻き込んで、有耶無耶にされそうなんだよな。
エトムント様も、俺達なんかに申し訳なさそうに――。
「そうだろうな……。もし君達が出て行くにしても、残念ながら私の【鉄壁】は私自身と、この二百の部隊に使ってしまっている。リンガーとその伴に強力な攻撃スキル持ちがいるとの情報は無いが……行くというなら私も同行して、いざという時は私が盾になろう」
「いやいやっ、いいッス! そのいざという時に反撃していいってんなら、おっさんの恐ろしい咆哮もあるし、俺も全力でいくッスから」
……ただ、そんな罠と分かりきってるところに、マリアを連れては行きたくないな。危険な目に遭わせたくない。
それは彼女が【瞬間回復】を持っていても変わらない。
“自分も行く”という決意の籠った瞳で俺に訴えかけてくるマリアを、なんとか宥めて俺とおっさんだけで行くことにする。
「レオ、気を付けてね……」
「おう、必ず戻ってくる」
☆前日、日没後
(獣人共をあの村に向かわせたのは失敗だったか?)
平原を離れ城に戻ったリンガー・ロウブローは、執務室で独り、銀髪を背もたれに押しつけて天井を仰ぎ見ながら今日を振り返っていた。
領内の騎士・兵士と賦役で強制徴集した領民共を駆り出して、倍以上の兵数を揃えてオクタンス軍を迎えた。
そして、のこのこと中央まで出てきたエトムント・オクタンス。
よほどその場で斬り倒してしまおうかという誘惑に駆られたが、エトムントは【鉄壁】スキル持ちゆえに堪えた。
なにより、リンガーを糾弾してくるエトムントの態度は落ち着いていて、表情には自信が表われていた。
まだ何か、決定的な証拠を握っているというのか?
リンガーは、のらりくらりと躱しはしたが、謀略によって自身の手駒へと落とした大貴族の名まで出さざるを得なかった……。
(だが、私は落ちぶれた男爵家を子爵に押し上げ、隆盛させ、これから更に駆け昇る男だ!)
「何としてもここを切り抜けてみせる!」
(その為には獣人傭兵共を呼び戻すか……)
ちょうど指示を与えるためにサーベンを呼び出そうしたところに、その本人がやってきた。
落ち窪んだ灰色の瞳をサーベンに向けると――。
「旦那さま……」
サーベンの顔には脂汗が浮かび、深緑の総髪は乱れ、目は焦点が定まっていないかのように揺れていた。唯一まともなのは彼の馬蹄髭だけだ。
その側近の姿を見、声音を聞いたリンガーは、悪い報せだと確信して大きく息を吐き――。
「話せ」
「はっ。……本日、再度鳥使いに鳥を飛ばさせてラボラット村の様子を確認させた報告が上がって参りました」
「どうなっていた?」
「……やはり、阻まれていたと。すでに村に動く影は無く、防壁付近に多数の
「チッ」
(昨日、鳥使いの見た人影はオクタンスの息のかかった者だったか……。オクタンスが自信ありげな態度だったわけだ)
「その後は? 昨日の人影の捜索をさせたのであろうな?」
「させたのですが……回復しきる前の連用で鳥使いの魔力が尽き、魔力で繋がっていた目が潰れてしまいました」
「使えぬ奴よ! 使い物にならなくなったのなら処分せよ」
「はっ。……」
鳥使いの鳥は一直線に最短距離を飛んだので、街道までは調べられていない。
レオ達が街道をイントリに向かってくるか、丘を下って森をオクタンス領へ向かうか、畑を抜けて他の男爵領へ向かったとしても、ラボラットへ行かせた獣人傭兵には鼻の利く者もいるので追跡は可能だ。
(大量のリビングデッドが全て始末されてしまったとはいえ、たかだか数人の、しかも疲れ果てた者など、獣人の敵ではなかろう。このまま探らせて始末させるべきだな)
リンガーは呼び戻したかった獣人のことは諦め、『では、どうやってオクタンス軍を追い払うか』思案を始める。
だが、そこにサーベンの言い難そうな、躊躇いの込められた声が掛けられた。
「もう一つ報告が……」
「申せ」
「はっ。リオットルの傭兵団に追随させた隷獣の娘が……隷獣の娘
「なんだ、獣人共が連中を始末したと、報告するために寄越したのか?」
「いえ、それが――」
サーベンの口から語られた獣人傭兵達の末路に、リンガーは愕然とした。
モモンガ獣人から直接聞くべく、連れてこさせもしたが……。
『皆やられたです』
『ぶわってなって怖くなって、バーッズシュズシュって……獅子さん達、熊さんもみんなみんなやられたです』
『あっ、お馬さんが生きてたですけど、みんなを載せて連れていかれたです』
「くっ……」
リンガーは、モモンガ獣人がモジモジと自分の尾を弄る態度や拙い言葉にイラつきを覚えるも、獣人部隊の壊滅だけははっきりとわかった。
しかも、生け捕りにされた獣人もいるということは、全てではないが、情報が漏れるという事も。
そして怒りも。
「それで、貴様はなぜのこのこ戻ってきた!? リオットルまでもがやられるような相手だとしても……獣人傭兵共に助勢しなかったのか?」
白いモモンガ獣人は、鎖に繋がれてはいるものの、その小さな体には傷ひとつない。
「い、『一緒についていけ』って言われた、です。助けろって、戦えって、言われてない……のです」
モモンガ獣人の少女は、ファーガスの時はリンガーからの同行命令の他に、ファーガスからも『万一、俺様に何かあった時は、体を張ってでも俺様を助けにこい。ま、そんなことは一生ねえと思うがなっ!』という指示もあった。
だが、今回は同行命令以外の指示は受けていない。
そのことを、フワフワの自分の尾を揉んで言う獣人に、リンガーの頭は沸騰する。
「この役立たずがっ!! くそ! モジモジと動くなっ、目触りだ」
「ぅう……ぐぅっ」
それでも手を止めなかったモモンガ獣人に、その背に捺された隷従印が蠢き、少女は苦しみの呻きを洩らしてようやく動きを止める。
リンガーは目の前で苦しむ隷獣を牢に下がらせ、サーベンと共に悪化した状況の挽回策を探った。
その結果、リビングデッドや獣人共を倒す実力を持ったレオ達――おそらく、オクタンス側の冒険者ギルド関係者を礼をするという名目で呼び出すことに。
とにかく、守りの堅いオクタンス軍と実力者――レオ達――を分断したいのだ。
そして、呼び出された連中がリンガーの前に跪いたところを、サーベンのコアスキル【剛力】で数秒間動きを封じ、その隙にリンガーが隷属の焼印を捺せばいい。短時間しか発揮できない馬鹿力ゆえ、命を奪うことはできないが、焼き印は捺してしまえばすぐに効力を発揮する。
脅威を自分の戦力と化し、オクタンスに襲いかからせるのだ。
リンガーは【損傷転嫁】を引き受ける護衛を三名、そしてサーベンを従え両軍の中央で待つ。
その腰に据えられた
だが――。
リンガーの待つ両軍の中間地点に向かって歩いてくる赤髪の大男ともう一人、黒髪の少年を見たリンガーに動揺がはしる。
(く、黒髪だと……? 瞳まで黒い……)
色素の薄い髪色ほど高貴とされるこの世界に生まれた黒髪黒瞳……。
それはリンガーに、十数年前――スカムの生まれる以前に自らと妻との間にも起きた出来事を想起させる。
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