101.崩落

 

 ☆


 ――ドッガァアアアアンッ!!


 太陽が最も高く昇ろうかという頃。

 ロウブロー子爵領、領都イントリの居城の一室が派手に吹き飛んだ。


 二階・・の一室での爆発により、頑丈な石造りの外壁は瓦礫と化して飛び散り、直後に黒煙が濛々と噴き出す。


 続いて――。

 ゴゴゴゴゴゴ……。


 地鳴りのような重い音と振動が空気を揺らしたかと思うと、その直上――三階・・――以上の部屋が扉側の壁を残して崩れ落ちる。

 三階の部屋は他の部屋よりも特に厚く重く、機密性の高い石材で造られていたらしく――。

 落下の衝撃は凄まじく、二階の調度品はもちろんのこと、床を容易に砕いて一気に一階まで崩落した。

 改修工事の為に組まれていた足場も、そのあおりを食らって次から次へと崩れ落ちる。


 領主の住む城。その一角が無残にも一瞬で無くなったのである。


 黒煙に混じって粉じんも激しく舞い、煙幕の如く周囲に立ち込める。

 その煙幕の中。

 薄く広く伸びた異様な何かが、煙の幕を切り裂くように滑空していた……。


 ☆レオ――爆発直前――


「くそっ、おいモモンガ、そこを動くなよ!」


 あれこれ考えて、答えが出ないうちに時間がきちまいそうだ!

 俺は今さらながらソファから立ち上がって、箱を持つモモンガ娘に声を掛けながら駆け寄っていく。


「は、はいです!」


 そのモモンガ娘は俺の言葉に従って、箱を縛り付けられている手を目一杯前に突き出した状態で静止する。


 パパパパ!

 箱の魔石は、最初とは全然比べ物にならないくらい速く点滅してやがる。


 俺はすぐにモモンガ娘――の突き出した箱に辿り着く。


 んで、どうするっ?!

 う~ん……モモンガ娘の腕を切り落としちまえば一番早いんだけど、それは可哀そうだし、それが彼女を助けることになるかっつうと不十分だ。


 パッと思い付くのは、箱をぶっ壊しちまえばいい、ってこと。

 モモンガ娘の手を紐で何重にも巻き付けて固定してるけど、俺が触る隙間が無いわけじゃあない。

 剣や【強化爪】での【刺突】、あと【破砕噛】とかでも、中身ごとブチ壊すことはできる。

 でも、それが爆発を抑えることにはならないだろう……。


 【強聴覚】や【洞察】で捉えた情報だと、サーベンの放った魔力が魔石に蓄えられて、魔石が点滅する度に少しずつ魔力が箱の中に流れ込んでいってる。

 魔石の魔力が全部箱の中に流れ込めば、その時点で『ドッカン』するんだろう。

 今、全部の魔力が流れ込んでいないって言っても、中には相当の魔力があって、『ドッカン』のきっかけを待ってるにすぎないはず。

 箱の中に、モモンガ娘が手を動かす以上の刺激があれば、すぐにでも『ドッカン』しちまうだろうからな。


 パァアアアア……。

 ああ、箱の魔石が、もはや点灯してるって見えるくらい細かな点滅になってきた。

 こりゃあすぐにでも爆発しそうだ。


 けど、俺に焦りは無い。

 無いって言ったら嘘になるかもしれないな。そんなに“切羽詰まってない”。


「手の力を抜いておけよ」


 モモンガ娘に声を掛けて、彼女の手や紐に覆われていない箱の本体に触る。


「へっ?!」


 彼女から素っ頓狂な声が返ってくるが、それには構わない。


 ――【体内収納】!

「あっ!」


 箱を“俺の中”に収めると、ヘビが動かないように力を込めて箱を掴んでいた彼女の両手が相手を失って空振る。

 そして彼女を縛っていた紐がハラハラと床に落ちていく。

 力の行き先を失ったモモンガ娘は、一気に体勢を崩すけど、すぐ側にいる俺がその小さな体を受け止めて脇に抱える。


 【体内収納】とはいえ、時間が止まってるわけじゃない。生モノは悪くなるからな。

 しかぁし!

 俺は気付いたんだ。

 体内収納のレベルが〈1〉だった時と、〈2〉になってからじゃ、体内に入れっ放しだと糞スキルらしく溶かしてしまうことは変わらないけど……。


 なんとなく……物の悪くなり方が遅くなってることに!

 なんとなく、体内収納の時間経過が遅くなってるんじゃないか? ってな!

 なんとなく、な。


 そんで、レベル〈2〉になってるのを確認したのは結構前。

 毎日使い続けてるスキルだから、もしかしたら〈3〉になってて、もっと遅くなってるかもしれない。


 それはいいとして、箱を体内に収納して、少し時間を作ってすることは――。


 ――【硬化】! 【強化爪】! 【刺突】を【多重突き】っ!!


 ドドドッ――ボゴォッ!


 前後に左右、そして上下……四方の壁と天井と床、俺から一番近いのは足をついてる床だ。

 床を片手で突くと、さすがの厚い構造も三度目の掘削で、すり鉢状に先細った穴が開いた。箱が通るには充分な大きさ。


「では、下で爆発してくれ」


 パァアアアア……。

 穴の真上で体内収納から出した箱は、入れた時とほとんど同じ状態。

 俺の手から離れて、自然と穴に落ちていく。


 箱が穴を通るのを見届けて、俺はモモンガ娘を包むように抱き込んで自分を【硬化】して、ソファに飛び込む。


 すると――。

 ――ドッガァアアアアンッ!!


 穴から天井――下から上――に閃光が差し込んだ次の瞬間、物凄い圧と爆音と振動が部屋を揺らした。ソファも跳ね上げられる。

 極厚の嵌め殺し窓ガラスですら、外れないまでも圧に負けてズズズッと外側に押し出された。

 天井からは砂埃みたいなのがパラパラと落ちてくる。


 そして、穴から黒い煙がモワッと出てきたと思ったら、今度はシュルルっと黒煙が穴に吸い戻されていく。

 なんつう威力の爆発だよ!


 更には、穴の下からガラガラドスンドスンと崩壊音。

 この部屋は床の穴以外は形をとどめているけど、なんかゆったり沈んでいってる気が。それに、床がゴゴゴゴゴゴって鳴ってるし……。

 あ~、こりゃこの階も落ちるな……。


 そしてついに、石が割れる音や木材の折れる音が混じった轟音と一緒に、砂だの小石だの埃だのが舞って視界が一気に暗くなり――。

 床がバラけて落ち始めて、ソファも脚の置き場を失って斜めに傾きながら落ち始める。そこに体を預けていた俺もソファと離れてフワッと体が浮く。


「うぉっ! おいおい……」


 なんか上の階も一緒に崩れてくるから、このまま落ちちまえば、死にはしねえだろうけど俺とこのモモンガ娘はそれに埋もれちまうぞ。

 無駄かもしれないけど、俺は彼女を抱えたままソファを【スマッシュキック】して落下に逆らおうとする。


 無駄じゃなかった!

 ソファは勢いを増して下に落ちてったけど、俺は落ちないでその場に留まるくらいの跳躍? になった。

 でも次は天井が迫ってくる。

 俺は【軟化】して、空いてる手を迫ってくる元々天井だった瓦礫に伸ばして【巻きつき】、そこに体を引き寄せてまた【スマッシュキック】で凌いでいく。


 けど、これじゃいずれ落ちるよな……。

 ――ってところで、下の方から三階だった瓦礫が落ちた衝撃が起こした、粉じん混じりの風の圧が上がってくるのを感じた。


 これだっ!!

 俺は体を、そして片手と両足を目一杯広げて下からの風を受け止める。

 すると風圧を受けた体が浮き上がる。

 もちろん色んなトコから風が舞ってくるから、その度にグラグラ揺れながら、しかも上から落ちてくる瓦礫を避けたりキックしたりしながら浮かび上がり――。

 ついに外から差し込む光を目に捉えた。


 よぉし! いちかばちか……煙を抜けてあの光の先まで【飛行】っ!!

 …………。

 出来ない。

 ですよね……。


 せめて、もっといい感じに風の力を受けたい。

 そう、俺の腕の中にいる、このモモンガ獣人の飛び方みた……い――っ!!

 そうか!

 ファーガスを助けに出てきた時のコイツの動きを思い出して、体の開き方だったり風の捉え方をおぼろげながら真似してみる。


 すると――。

 フワァアアっと体が浮き上がっていくじゃねえか!

 さっきまでのグラグラして安定感の無い浮き方じゃなく、スゥーッと風の向きに合わせて直線的に浮いていく。


 今なら落ちてくる瓦礫も減ったし、なんだかイケそうな気がする。

 とりあえず【空中静止(ホバリング)】!


「おおっ!」


 このスキルを獲ったヴァンパイア・ビーとか鳥とかの、羽での羽ばたきとは違うけど……軟化して伸びた身体の角度や伸ばし方が調整されて、その場にスンッと留まれた。


 気分があがるぜっ!

 この調子で……光の差し込む方へ向きを変えて、【飛行】っ!!


 その瞬間、縦気味だった身体がぐぐっと前のめりに傾き、ちょっと下に滑空してからブワッと斜めに上昇し始めた。


 煙を切り裂いて、光へ、そして光の先――空へと抜けていく。


「ひゃっほぉう!」

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