65.破られた落とし格子
魔石を持たない人間が、なるはずのない『リビングデッド』。
けど……俺やマリア、ベルナールの目の前には、目ん玉がずり落ちたり皮膚がズル剥けたり
耳には、がたいのいいソイツらが
このリビングデッドが格子を破って外に出たら……。
この裏門を出ると、誰かの手によって杭と盛り土で作られた柵が張られてて、右――西側の畑やガット男爵領――には行けなくされちまってる。
柵に沿って東に行くしかなく、そこにある丘を下って……下った森の奥は、俺らが朝に発って来たオクタンス領だ。
この集団が、オクタンス領の集落に、村に、町に……キューズや領都になだれ込んだら……。
――させねえっ!!
俺はリビングデッドをここで食い止める決意をした。
ベルナールを見上げると、おっさんも目をギラつかせて俺を見ている。
自然と頷き合って……臭い除けのマスクを剥ぎ取るのも、口を開くのも同時だった。
「おっさん、マリア! 俺らで――」
「レオ、マリア! オレ達が――」
「「――コイツらを食い止めるっ!!」」
マリアも柵の上で杖を握り締め、ジッと落とし格子を見詰めたまま頷く。
決意したはいいものの、どうやって倒すんだ?
初めて戦う“魔物”……そもそも魔物でいいんだよな?
リビングデッド――動く死体って、死ぬのか? 戦ったことないから分かんねえな。
一人でそんなことを考えていたら――。
「あっ……!」
大事なことが頭を過った。
思わず、柵の上のマリアを見遣る。
「マリア……大丈夫か? やれる、か?」
腐ってようが崩れてようが呻いてようが、コイツらは人間の形を一応保ってる。
俺は、“帝国”で生身のネイビスや手下どもの腕や足を噛み千切ったりしたから大丈夫……だと思う。
けど、マリアは?
マリアは人間相手の場合、やり過ぎそうになる俺をいつも止めてきた。優しいからな。
そんなマリアが、普通の魔物相手みたいに倒せる……殺せるだろうか。
マリアは、俺の言葉の意味をちゃんと分かったようで、軽く目を伏せて、強く唇を引き結んだ。
誰に向けるでもなく、たぶん自分に向けて呟く。
「この“人”たち、生きてたんだよね? 殺されて、何かをされて、こんな風にされちゃったんだよね?」
格子は今も甲高い音を出しながら軋み続けている。
「何か見えてるのかな? お腹空いてるのかな? 死んじゃっても動かされて……治してあげられない……かな?」
「マリア……残念だけど、無理だろ」
俺は柵に飛び乗って、片膝立ちで門を見つめるマリアの肩に触れる。
少し震えていた。
最悪、マリアには下がっていてもらって、俺とベルナールでやるしかないかも……。
そう考えていたけど、マリアは震えながらも、杖を握る手に力を込めて俺を見上げてきた。
「この“人”たちが外に出たら、生きてる人達が大変な目に遭う……。やらなきゃ……私達が止めなきゃ、みんなの住む場所が無くなっちゃう……」
「マリア……」
彼女の青い瞳には、迷いが無くなっている。
「私だけだったら、怖くてできない。――けど! レオやベルナールさんがいてくれるから、私も頑張る!」
「おうっ! 力を貸してくれ」
柵の下、落とし格子の近くに移ったベルナールも「よく言った、マリア!」と親指を立てた拳を向け、ベルナールなりの考えを俺らに共有してきた。
リビングデッドっつうのは、魔物の死体が魔石を放置された結果、なるモンだ。
手足を切り飛ばそうが、首を刎ねようが、魔石が残ってる――いや、くっ付いてる場所が動く。
倒すには、その魔石を砕くか抜き取るしかない。
「コイツらに果たして魔石があるのかは分からねえが、ひとまずはそれらしいのを探して、それを取り除くしかねえ!」
「……死んでる人間を切り刻むのは酷だけど、それをやって探すしかねえってことか」
鉄の格子の歪みが大きくなって隙間が開いてきた。
このままいけば、網が破れるように鉄格子に穴が開くか、落とし格子自体が前に倒れるか、だ。
「そういうことだ、レオ。やれるか?」
「やるしかねえだろぉ!」
「マリアは?」
「やりますっ!」
「おう、絶対に柵の上から降りねえようにして、オレとレオを魔法で援護してくれ」
「はいっ!」
俺とベルナールは落とし格子の正面から離れて、柵の無い右側で剣を構えて“その瞬間”を待つ。
ギギッ…………ギギギ……ギギギ……。
ギィン! ……ミチミチ……キチキチッ!
――ガァンッ!! …………ドッゴォオオオオンッ!!
歪みに耐えられなくなった格子の上部が派手に音を立てて外れて、格子全体が前に倒れた!
砂埃がモウモウ舞うなか、急に力の行き場が無くなったリビングデッドの集団が、雪崩を打って前に押し出て来る。
最前列にいたヤツは格子に躓いてスッ転び、後ろのヤツはそれに躓いて転ぶ。それが続いて門の前には数十体のリビングデッドの山ができる。
元から臭っせえのに、潰れたヤツから漏れる汁のせいで余計に臭いニオイが漂ってきた。
あまりの臭いに鼻を押さえようとしたところに、ベルナールの大声が掛かる。
「来るぞっ!! 横だ!」
「――っ!?」
リビングデッドの山自体も自分から崩れてバラけ始めたけど、山と門の隙間から雪崩を逃れた奥の方のリビングデッドが出て来た!
食い物を求めるように両手を前に突き出し、ビタビタと地面を湿らせながら、でもしっかりとした足取りで俺らに向かってくる。
――っつうか、結構俊敏だ。冒険者のリビングデッドだからか?
山から転げ落ちたヤツも、すぐに起き上ろうとしたり這い進もうとしている。
「レオッ! 私はどうする?」
「マリアはまず、山に『火球』とか『火矢』を撃って燃やしてみてくれ」
「そっちはいいの?」
「ああ! こっちはこっちで倒し方を探す!」
俺がマリアと話してる間に、ベルナールが雄叫びを上げて、向かってくるリビングデッドに突っ込んでいく。
よし、俺も!
「ふぅんっ!」
「うぉおおーりゃあっ!!」
ベルナールは大剣を横薙ぎ、二体まとめて――。
俺は、向かってくる一体を袈裟斬りにして――。
リビングデッドの胴体を真っ二つにする!
ベルナールの方のは、上半身がリビングデッドの山にすっ飛び、下半身がその場に崩れ落ち、俺の方のは左肩から右腰へと斜めに斬り分けられて俺の足下に崩れ落ちた。
その横では、マリアの『火矢』が山に突き刺さって、ぼわっと小さな炎が上がった。
「
体が真っ二つに分かれたリビングデッドを見て、ベルナールが様子を窺う。
俺も自分が斬ったヤツを見遣る。
頭がある方――頭と右肩・右腕だけのやつ――は仰向け、無い方はうつ伏せで倒れてて、背中あたりに刺し傷らしき傷が幾つもある。
でも、俺の視界の奥では、スッ転んで山を作ってたリビングデッドが次々と起き上がってて、一瞬そっちに気が削がれた。
「――うおっ!?」
足に感触を感じたと思ったら、オレが斬ったヤツの……頭の無い側が左手で俺の足首を掴んでやがった!
慌てて足を引こうとするけど、握力が異常に強えぇ。足首の骨がギリギリと締め付けられて、痛えっつうの!。
筋肉なんて腐ってるはずなのに、左手一本で、左肩から下に繋がってる胴体と下半身を引き寄せている。
「これ、人間の握力じゃねえぞ?!」
しかも、斬り口からドロドロの赤黒い血や汁が滲み出てるわ、
「く、口も無えくせに、俺をどうしようってんだ――よっ!」
――【刺突】っ!!
俺の足首を掴んできやがる手……手首を突き刺すと、骨を貫くゴリッとした感触を残して手首が切り離された。
足も自由になったんで、地面に食い込んだ剣を引き抜いて、すかさずリビングデッドの肩や背中を斬り刻む。
「あら?! くそっ、おりゃおりゃおりゃ!!」
なんか、“肉”は簡単に斬れるけど、骨は違う。さっきの手首もだけど、骨が硬い気がする。
「お?」
骨は硬いけど、気張って斬りつけてたら背中の肉が削げて背骨・腰骨が露わになった。
――そして。
「有った!! ベルナール、やっぱり魔石だっ!」
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