66.あれと戦えってか?!

 

 うつ伏せの下半身リビングデッドの背骨――いや腰骨。


 半分腐肉に埋まりながら、腰骨に食い込むようにくっ付いている見慣れた石。

 黒々としたそれは、魔力いっぱいの魔石。人間の目ん玉くらいの大きさだ。


「有った!! おっさん、やっぱり魔石だっ!」


 ベルナールに向かって呼び掛ける。大剣を派手に振って、力づくで二、三体を一気に斬り裂いているところだった。

 ……探してねえだろ、あんた?

 俺の声が届いたおっさんは、こっちを見もしねえで訊き返してくる。


「そうか! どこに有った?」

「腰だ! 目玉くらいの大きさだ!」

「よし、分かった! 良く見つけたなっ」


 ベルナールは、そのまま他のリビングデッドに向かって行った。


 ――うぉっ!


 背骨の突き出た下半身だけのリビングデッドが、腰回りの肉をぷるぷる揺らしながら、普通の人間みたいに立ち上がろうとしてる!

 そうか!

 魔石をなんとかしねえと、動き続けるんだったか。


 ならっ!

 ――【刺突】っ!!


 ちょうど前屈み――上半身が有ればの話だけど――になって、魔石が丸見えになってるところを突くっ!

 こんなぐちゃぐちゃに腐って、はらわたを垂らしてる肉に手を突っ込むなんてあり得ねえ。砕く一択だろ!


 剣先が魔石を捉え、魔石はバキンと幾つもの破片に砕けた。

 その瞬間、黒々としていた魔石は一気に色を無くして、下半身だけのリビングデッドも糸が切れたみたいにその場に崩れ落ちる。


「やった……殺ったぞ、マリア、ベルナール! よぉーし、どんどん仕留めてやる!」


 勢いのついた俺は、マリアとベルナールの二人に呼び掛けてから、格子に躓いて転んで、そこから起き上がって歩いてくる数体に飛び込んでいく。

 腰骨を狙って突けばいいから、案外楽かもな!



「ぎゃーっ!」


 一体目で反撃を食らいそうになった。

 前に突き出している腕を掻い潜って、腰めがけて【刺突】したんだけど……魔石に当たった感触が無い。

 ただ腰骨を刺し貫いて、その周りの肉も吹っ飛んで……剣身が胴体を貫通して風穴が開いただけ。

 それもすぐに周りの肉がベチャッと崩れて塞がってきた。


 おいおい、腰骨に有るんじゃねえのかよ、魔石ぃっ!


 そんで、リビングデッドは止まらず、呻き声をあげながら腐った腕で俺を掴もうとしてきた。

 慌てて身を屈めて避けたけど、剣が腰骨に挟まれて抜けねえ!


「くっ……あ、やべっ!」


 屈んだ俺に、骨が剥き出しになった膝の突き上げがくる!

 なんでこんなに動けるんだよ!?


 俺は一旦剣を離して、左腕の小盾でガード態勢。

 膝が当たる直前に……【ぶちかまし】っ!


「グァアアッ!」


 ばっちりカウンターで入って、リビングデッドは足を跳ね上げられた勢いでひっくり返って倒れた。

 すかさず駆け寄って、思いっきり剣を引き抜く。抜けた!

 ――あっ! コイツのズボンの裏が裂けてて、裏腿っつうの? 左脚のももの裏に埋め込まれてる魔石を発見。

 起き上がられる前に急いで剣を突き刺して魔石を砕くと、一体目みたいに動きが止まって“腐乱死体”に戻った。


 ――そこにベルナールの声。


「おいレオッ、腰に魔石が無えぞ?!」


 おっさんは、リビングデッドを腰骨辺りで串刺しにした大剣を、軽々と掲げて俺に向けていた。まるで文句を言ってくるみたいに。


「こっちもだよっ!」


 ちょいイラっとして、俺も言い返して。更に思ったことを伝える。


「今のリビングデッドは太ももの裏に有った! たぶん、一体一体魔石が有る場所が違うみてえだ」

「ああ? その都度探さなきゃなんねえのか? 面倒だなぁ」


 ただ、一体目は腰の刺し傷の奥、二体目は裏腿の切り傷の奥に有ったから、『誰かが傷を負わせて殺して、その傷跡に魔石を埋め込んだ』んだと思う。

 それもベルナールやマリアに伝える。


「じゃあ、無暗に斬りかかるんじゃなく、先に全身を窺って怪しいトコに目星をつけてから斬れってことだな、レオ?」

「そういうこと! その方が早く多く倒せると思う。マリアが火魔法で肉を焼いてくれれば、骨になって見つけやすくなるから頼むぞ」

「わ、分かった!」


 対処法っつうか、戦い方が分かったのはいいけど……。

 一体一体じっくり見て戦うっつうのは正直厳しい。


 まだ二体しか倒してないのに、山になってた奴らは次々起き上がってきてるし門からも後続が出続けてくる。

 それに、門の外側は丘を下らせる為の誘導柵が囲ってるからそんなに広くない。

 背後の丘を下らせたくない俺たちの方が、砦だった村の防壁と誘導柵に閉じ込められたって感覚になる。


 まあ、リビングデッドの多くはおつむが弱いみたいで、ほとんどが倒れている格子に躓いて転ぶから、絶え間なく押し寄せてくるってことはまだ無い。

 でも、ここで倒しあぐねていれば、いずれ数に押されて丘を後退しながら戦うしかなくなっちまうかも。

 だから、ここで踏ん張るしかねえ!



 ベルナールは大剣の腹でリビングデッドどもを纏めて跳ね返して時間と間を作り、奴らの体の傷痕を探りながら戦い始めた。

 マリアは柵の上にとどまって、転んだ奴らに火魔法を浴びせてくれてる。


「レオー! 私も見つけた!」


 マリアを見上げると、彼女が一体の『格子スッ転び組』のリビングデッドを「右胸!」と杖で指している。

 言われた右胸を見ると、焼け爛れた肉の奥に確かに有った。


「了解っ!!」


 最初から魔石の場所が分かっていれば、あとは倒すだけだ!


 マリアが教えてくれたことで、なにも俺やベルナールが”それぞれ単独で魔石を見つけて倒す”必要が無いって気付けた。

 柵の上にいて視野が広いマリアが魔石を見つけた場合、俺やおっさんの近い方に教えればいいし、俺がおっさんに、逆におっさんが俺に教えてもいい。


「その調子で、見つけたらドンドン教えてくれ! おっさんもそれでいいよな?」

「うん、わかった!」

「おうっ!」



 見晴らしが効くマリアが中心になって魔石の在り処を伝え合うことで、リビングデッドの討伐は楽になった。

 もちろん、全部が全部在り処が分かるワケじゃないけど、集団に押し流される事態にはならずに踏みとどまれている。


 マリアの火魔法は、連発はきかないけど確実にリビングデッドの肉を焼き、魔石を見つけやすくなった。

 それに、ベルナールが体を真っ二つに斬ってたことにも意味っつうか、効果があった。

 上半身と下半身に斬り分けられたリビングデッドは、どっちにしろ片側しか動かない上に動きも鈍くなるからだ。


 俺は俺で、小盾での【ぶちかまし】をしまくって相手を弾き飛ばして、その隙に魔石を見つけて砕いていく。

 剣も盾も……洗えば綺麗になるよな? リビングデッドの腐汁まみれになってるんだけど?

 あと、服も。はね返りの汁が染み付いて重くなるわ臭えわ……服は捨てるしかねえかな。


「レオ、何体殺った?」

「えーっと、俺は一四、五くらいだな。ベルナールは?」

「こっちも一五だ」


 まあ、俺の方がマリアに近くて、魔石を見つけた個体を多く教えてもらえたから、同じくらい倒せてる。

 マリアも、見つけた魔石に『火矢』を撃ち込んで二、三体倒してるから大したもんだ。


 村ん中に何体いるか知らねえけど、ひとまず雪崩を打って出て来た奴らは駆除できた感じだ。


 地面には腐乱死体が転がってて、足運びに困るようになってきたし――。

「いっそのこと前に――村に攻め入るか」って、戦いながら声を掛け合ってたら、門から出てくるリビングデッドの様相が変わって俺らに動揺が走る。


「レオ……ベルナールさん……」


 先に気付いたのは見通しのいい柵上にいるマリアだった。


「おっさん……」

「チッ! えげつねえことしやがる」


 ……雪崩打って出て来た奴らも、俺らが今戦ってる奴らも、多少の体格の差はあっても大柄な男だった。

 防具を付けてる奴もいたから、冒険者が殺されてこんな化け物にされたんだと思ってた。


 でも、今、門から歩いて来てるのは……スカートの裾まで赤黒く染まった農民服。

 小さい……子どもってはっきり分かるリビングデッド。


「あ、あれと戦えってか?!」

「レオ、落ち着け! まずは目の前の敵だ。目の前に集中しろ! マリアもだ!!」

「ベルナールさん……でもっ……」


 『格子スッ転び組』の山を避けて歩いてくる女のリビングデッドは、髪の毛がじっとり湿っていて灰色の顔の左側にベタっと張り付いていて、ボロボロの農民服が肩からずり落ちている。

 子どもの方は四、五歳くらいか? 上半身が裸で肩から腹に大きな斬り傷。一撃で……何の迷いも無く斬られたっぽい。心臓らへんから魔石が丸見えだ……。


 それが――。


 手を繋いで歩いて……。

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