64.その頃、ロウブロー父子は……
ベルナール一行が『イントリの街を出てキューズへの帰路に就いた』と、ロウブローの“耳”を欺いたその頃。
「そうか、何の情報も得られずに帰ったか」
「はい、リンガー様。
「ふんっ……ギルドマスターら職員共も冒険者共も掌握する為に、我が手の者を送り込んだのだ。そうでなくては困る」
イントリの城の一室では、その主である銀髪痩身のリンガー・ロウブローが執務机の向こうに立つ白髪が交じった深緑色の総髪、馬蹄髭の男と向かい合っていた。
リンガーは神経質そうに落ち窪んだ灰色の瞳を満足そうに細める、しかしその目には安堵の色も濃い。
「時期が時期だけに肝を冷やした。……が、そこは所詮下賤の冒険者崩れよ、我が深謀には気付くまい」
「その通りにございます」
総髪馬蹄髭の男は、自らの主の言葉に敬意の礼で同意を示す。
その頭に向かって、リンガーは続ける。
「して、サーベン。ラボラットの手筈はどうなっている?」
「はい。二〇日ほど前に仕込んだ“種”が、五日前に“数種類”が芽吹きまして御座います」
「ほう? 数は?」
「村人と合わせて三〇〇少々かと」
「うむ、予定通りといったところか。“開花”は?」
「裏門の手前に設置した餌を食い尽くしても到底飢餓が満たされません故、今頃はその外の餌欲しさに門へ殺到しているでしょう。“開花”は近日中かと」
計画の進捗を淀みなく答えるサーベンに、リンガーが最も懸念している点を問う。
「……必ず流れ行くのだろうな? オクタンス側に」
「はい。柵と餌で道筋をつけております」
「そうかそうか。ここまで、よく――むっ?」
リンガーは満足そうに頷き、労いの言葉を掛けようとしたその時。
執務室の扉が、先触れなく大きく開かれた。
防音の魔道具の範囲外である廊下からは、城の増築に係る人足の掛け声や石工の忙しないノミの音が漏れ伝わってくる。
そして、慌てる扉番の制止を振り切って室内に入ってきたのは、リンガーの嫡子・スカムであった。
よほど急いで来たのか銀髪を汗で濡らし、肩で息をし、赤いベストから突き出した腹も大きく揺れていた。
「父上ぇっ!」
「はぁ……む? スカム、何があった!?」
息子でありながら、不作法な立ち入りに呆れたリンガーであったが、スカムの後ろに続いた護衛の様子を見て色を変えた。
スカムには護衛役を二人つけていたが、二人のうち一人は脇腹を押さえていて、もう一人に至っては、右腕が明らかに折れている。
平静を取り繕おうとしているが、苦悶が顔に表われていた。
スカムは、荒い息継ぎの合間に言葉を絞り出す。
「街に下りたら、はぁはぁ……僕と変わらぬ年頃の娘が歩いていて……。はぁはぁ、側仕えに取り立てようとしたら、一緒にいた下賤のガキが抵抗してきて……!」
「平民がお前に手を出したというのか?」
「はい、二度も!」
「二度……それでコバーンとザーメがその有様なのか」
リンガーが我が子の後ろにつっ立っている二人に鋭い視線を向ける。
二人は痛みを押して膝をつき、自らの失態を詫びた。
「もっ、申し訳ございません!」
ここで、それまで黙って様子を見ていたサーベンが、扉番に目配せをして扉を閉じさせた。
外に音が漏れなくなったのを確認して、改めて状況を聞けば――。
コバーンとザーメはスカムに手を出される前に、護衛としての役割を果たそうとしたが、手痛い一撃を食らい無力化されてしまった。
その後、スカムにも下賤のガキの魔の手が及んだが、スカムの【損傷転嫁】で二人がダメージを引き受けた。
「それで、おめおめと引き下がったと?」
リンガーが護衛二人をきつく睨むが、そこにスカムが狼狽え気味に口を挟んだ。
「し、しかし父上! 僕の【損傷転嫁】は、まだ一日二度しか使えません。あれ以上関わっていたら、今度は僕の腕が……」
「もう一つのスキルは? 使わなかったのか?」
「うっ……つ、使う間もありませんでした……」
「そのガキとやらも年はそう変わらぬのだろう?」
「……はい」
「お前と護衛が居ながら、武器も持たぬ平民の子ども相手に何という体たらく!!」
リンガーは執務机を強く叩き、その音にスカムはビクリと肩を竦める。
貴族の子弟、特に領主の嫡子が、そのお膝元で平民にいいようにやられるなど許されることではない。口も塞いでおかなければ……。
「その子どもがこの領の者ではないと言ったならば、キューズのギルドマスターの随伴者かもしれん。サーベン、“耳”に容姿を確認し追手を差し向け、始末しろ」
「はっ!」
サーベンが指令を遂行すべく扉に向かう背に、再びリンガーの声が掛かった。
「例の件、“摘み取り”の部隊編成も怠るなよ」
「御意」
サーベンを見送り、スカムや負傷した護衛達も退室させたリンガーは、ひとり思考を巡らせる。
☆リンガー・ロウブロー
「スカムめ、余計な問題を起こしよって……」
しかし、私からレアスキル【損傷転嫁】を引き継ぎながら、何をやっているのだ!
日頃から鍛練を怠っているからスキルレベルが〈1〉のままで、今日のようにいざという時に役に立たぬのだ。
まあ、スキルも武術も教養も、二年後に学院に入学すれば伸びよう。
それにスカムには、母親からのレアスキルを引き継がせた。
二つもレアスキルを持っていれば、家督継承時の陞爵は確実だろう。
「あれから二〇年か……」
父の死により男爵位を継いで二〇年。
小さな地方豪族を祖とする我がロウブロー家は、豊穣な土地と民を第一とする仁徳で群雄割拠の戦乱時代に勢力を拡大したが、盟友と信じていた勢力の謀略に嵌まり零落の憂き目に遭ったそうだ。
……愚かなことだ。
落ち延びた地で再起を図るも、仁徳を美とし、子孫への規範ともした。
数代後に現王家勢力の末席に取り立てられ、国家樹立に際して辛うじて男爵位と荒野に等しい痩せ地を得たそうだ。
作物の収穫量は少なく、これといった産業も興せず、しかし民には重税を課さず規範を守ってきたという。
実に愚かだ。
父の代になって、銅鉱脈発見により財政的には幾分持ち直したものの、領地は作物の育ちにくい痩せ地であることに変わりはなく……。
父は民と共に自らも汗を流し、無理がたたり身体を壊して私が一五で成人する頃に若くして死んだ。
愚が過ぎるっ!!
ロウブロー家の祖も先祖共も父も!
『謀略で陥れられたならば、この国を謀略でのしあがれ』
なぜ、そう思い至らなかったのだ!
仁徳? 規範?
そのようなことに囚われているから、いつまでも木っ端貴族のままなのだ!!
だから私は民に重税を課し、様々な計略を巡らせた。
まずはレアスキルを持つ妻を手に入れ、その生家からは家が傾くほどの支援を毟り取って工作資金とし、イントリ周辺を領地とする貴族を陥れた。
一〇年掛かったが、子爵位を手に入れた。
私には策を成す才がある。
その一〇年の間にスカムが生まれ、私のレアスキルを継承していた。
妻はスカムの出産と引き換えに死んでしまったが、禁忌を犯して彼女のレアスキルを取り出してスカムに取り込ませたから、ロウブロー家にとっては良かったと言えよう。
まあ、前年に“スキル無し”のハズレを生まなければ、妻の負担も無く生き延びてスペアも産めていたかもしれんが……。
スカムに二つのレアスキルを持たせられたのは、望外の成果だった。
スキル重視のこの国でレアスキルを複数所持しているということは、利用価値が格段に跳ね上がる。
その価値によって、スカムは家督相続と同時に一階級陞爵するだろう。それほどに貴重なのだ。
私には運もある。
そして今、再び計略が実ろうとしている。
人間のリビングデッドという“新種の魔物”による、未曽有の災害を引き起こすという計略が!
オクタンスの民どもを蹂躙し、密かに“種”を植え付け増殖させ、領都オクテュスまで進撃させる。
そこを私が『隣領で破壊の限りを尽くしているリビングデッドの討伐』を成功させれば、その功績は伯爵への陞爵に充分だろう。
そして、速やかにスカムに家督を移譲すればスカムは侯爵となり、私は侯爵の実父として影響力を持ち続けロウブロー家をさらに隆盛させることが出来よう。
そして……。
私は、謀略をもって覇を唱えるのだ!
「ふっふっふ。オクタンスには、文字通り『餌』になってもらう。我がロウブローが肥え太る為のエサにな!!」
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