63.正門と裏門の異変
「死臭……人間が腐った臭いがする。これは防壁の中からだな」
それも、かなりの数の死体が無きゃ出ないような臭さ。
数のことは敢えて言わなかったけど、俺の『死臭』っていう言葉にマリアもベルナールも一瞬息を呑んだ。
けど、二人ともそれを覚悟っていうか、避けられない情報として受け入れて丘を進むことに。
「こりゃあ酷え……」
「うっ」
まずベルナールが臭いを感じて顔をしかめ、まもなくマリアも嗅ぎ取ったようで我慢できずに口と鼻を手で押さえ込んだ。
効果は薄いけど、みんな顔に鼻と口を覆う布を巻いてなんとか丘を登り切る。
「こんなお天道様が高い日中に、外を人っ子ひとり歩いてねえのはおかしいが……中も怪しいな」
ベルナールが防壁に触れて、上を見上げながら呟く。
それは俺もヒシヒシと感じてる……。
「人じゃない気配が……してる」
「怪しいのは確実だな。どっちにしろ調べるしかねえ。レオ、マリア、北の大門に行くぞ」
ベルナールの呼び掛けに頷いて、防壁に沿って北に回り込む。
そこで俺達が見たのは、大門を塞ぐようにうず高く積み上げられた瓦礫。材木だの土だの岩まである。
一瞬、外敵から攻められて籠城でもしたかと思ったけど、なんか違和感がある……。
「瓦礫が高くて解かりにくいが、こりゃあ落とし格子が閉じられてるかもな。レオ、ちょっと登って確かめてくれ」
「お、おう」
「レオ、気をつけてね?」
瓦礫の安定を確かめながら、崩れないように慎重によじ登って門がどうなってるか覗き込む。
良かった、見える。
格子が見えるから、防壁の厚さに合わせて二つある落とし格子は、どっちも下りてるようだ。
二枚の落とし格子の間にも瓦礫は天井に届きそうなくらい積まれていて、その小さな隙間では俺ですら這い進めそうにない。
さっきの場所で感じた人外の気配はしないけど、隙間風は通っているから、苦しいほどの死臭・腐敗臭が流れ出続けている。
俺はニオイから逃げるように瓦礫を下りて、ベルナールとマリアに状況を伝える。
「そうか。ということは、内側の落とし格子を下ろしてから瓦礫を積み、更に外側の格子も下ろして更に瓦礫で塞いだ……か」
「外からやったってことか?」
「ここはそうだな。南の通用門も見ねえと『外から誰も入れないようにした』のか『内から誰も出られないようにした』のか、どっちだとは言えねえな。よし、反対を回って裏に行くぞ。それで一周したことになるしな」
今度も防壁に沿って西回りで移動する。
ラボラットの西側には畑が広がっていて、そこにも人の姿は無く、遠くに杭と石積みの柵が延びていた。
ベルナールが言うには、杭を打って、そこに土を盛って石で補強してるらしい。
その柵がガット男爵領との境界だという。
んで、警戒しつつ防壁を南に曲がる。
「なんだ、これ……」
曲がった瞬間に俺の目に飛び込んできたのは、俺の背丈くらいの……まるで、いま見て来た領境の柵。
それが南側防壁の真ん中辺りから、長くはないけど尻尾が生えてるみたいに伸びている。
俺とマリアには高さ的にその奥が見えないけど、ベルナールには見えてるようで、舌打ちが聞こえてきた。
「――チッ」
「どうした?」
「具体的には分からねえが、確実に何かを企んでるようだな……。レオ、着いてこい!」
ベルナールは柵を回り込むでなく、腕力と跳力で自分の胸ほどある高さの柵を飛び越えた。
俺も慌てて柵――つうか、もはや壁だな――によじ登り、マリアを引っ張り上げてから反対側に飛び下りる。
下りた瞬間、俺はマリアに向かって叫ぶ。
「マリアッ、下りるなっ! そこにいろ!!」
「えっ? ――あ……」
自分も下りようと壁の上で跳ぶ準備していたマリア。
俺の声にびっくりして顔を上げ、そしてソレを見たんだろう彼女は絶句した。
俺らが見たのは門。大型の馬車は通れないくらいの小さな門。高さもそんなにない。
落とし格子が一枚下りていて、でも瓦礫が積まれてはいない。
その代わり――。
「ギャゥヴヴ」「ウゴォオオオオ」「ヴェアアー……」
格子の向こう側には、“何か”が殺到して
黒ずんでたり、灰色や紫になってる……人間の形をした……腐りかけの“何か”。
巨体から死臭を放ちながら、前のヤツは膨らんだ頭や皮膚がめくれた身体――っていうか……肉を格子に押しつけてて、格子の間から助けを請う罪人のように腕を伸ばしてるヤツもいる。
後ろのヤツは前のヤツなんてお構いなしに、前へ前へ身体を押し込んでくる。
「ま、魔物、なの?」
初めて見る得体の知れないバケモノに、柵の上のマリアは怯えたように声を絞り出した。
俺も初めてだから答えられるワケも無く、ベルナールに目を向ける。
「魔物、だろうな。アンデッド化した……」
アンデッド。生きる屍――リビングデッド――やスケルトンのこと。
冒険者になって、最初の内に教え込まれる。
『魔物を倒したら、必ず魔石を取り除くこと』
死骸から魔石を取らないと、魔石に残ってる魔力のせいで魔物がアンデッドになるって。
ゴブリンならゴブリンの、フォレスト・ウルフならフォレスト・ウルフの、アンデッドになる。
「でも、コレってよぉ……」
魔物の外見をしてない。腐っちゃいるけど……。
灰紫や黒ずんでるけど、皮がズル剥けたり目ん玉が無え奴もいるけど、髪も目も鼻も口もあって……服だって着てるんだぞ?!
「人間……みたい、ですよ?」
俺の戸惑いに続いて、マリアが震える声で呟く。
「そうだ! 人間には魔石が無えから、死んでもアンデッド化しないって聞いたぞ!? 俺は」
「オレを責めたって答えは変わらねえよ。確かに、人間はアンデッドにはならねえ。ならねえが、このリビングデッドは……どう見ても人間だったヤツだよな……」
俺らが呆然としてる間も、ヤツらはボタボタと肉片や変な汁を垂らして呻きながら、落とし格子に巨体を押し付けている。
そして、デカイ問題が起きつつある。
ギギッ…………ギギギ…………ギギ……。
鉄製の落とし格子が、犇めいているリビングデッドの圧力で、少しずつ外側に膨らむみてえにひしゃげてきてるんだ。
落とし格子ってのは、鋭い杭が地面の溝に食い込んで固定されてるはずなのに……。
少しずつ少しずつ、地面の土を押し退けながら外にズレ始めている。
「上下に開け閉めする物が前に開くって、ありえねえだろっ」
「餌だ……」
「えさ?」
毒づく俺に、ベルナールが餌だと答える。
ベルナールは続けて「見ろ」と、ちょっと離れた場所を顎で指した。
「あっ……」
格子の向こう側ばかりに気を取られちまってたけど、こっち側には盛り土みたいに魔物の死骸が点々と置かれていた。
よく見れば、腹を捌かれていて……それらからも腐りかけのニオイがしている。
「リビングデッドどもには、美味そうな匂いに感じられるだろうぜ」
「コレに釣られて格子に殺到してるってのか」
「ああ。そこに、コレよりも新鮮な生肉――オレ達――が加わったんだ。喰いたくて喰いたくて堪らねえんだろうよ」
「私達も餌に見えてるんですね……」
ギッ……ギィン! ……ギギギ……。
格子が土を押し退ける音に、鉄が軋む甲高い音が混じって聞こえてくる。
そんな中、外側に点々と積まれている“餌”を順に目で追っていると、柵の全容も目に入った。
そして。
“生きる屍”“餌”“柵”が頭の中で繋がって、ひとつのことに気付いて背筋が寒くなる。
「なあベルナール、これって……」
「あ、ああ。ロウブローの野郎が、何を企んでやがるか判った」
裏門から中途半端に真っ直ぐ伸びてるだけだと思ってた柵。
これが、途中から左に曲がってて……。それは俺らが上ってきた丘の下り始めまで続いていた。
「格子を破って出て来たリビングデッド共の行く方向を、餌と柵で誘導して」
「丘を下らせて、森、ひいてはオクタンス側にまでなだれ込むように仕向けてるようだ」
そして、『自作自演』っつうからには――。
「オクタンス領が荒らされてるところを、ロウブロー家の騎士と賦役で無理矢理徴兵した兵士で踏み込んで解決する」
「そんな……。でもよ、このラボラット村は? ここも壊滅してるし、調べればこの村が元凶だって分かるだろ?」
「ここまでする奴らなら、人海戦術で片付けるだろうし、人間だって移住させれば隠しおおせるだろう」
ロウブロー子爵の企みがはっきりと分かって、そしてリビングデッドが溢れ出るのも時間の問題で……。
俺もベルナールも丘から森を見下ろし、その先のオクタンス領を想像して息を呑む。
いま目の前で硬い落とし格子を歪ませているリビングデッドの集団が、集落に、村に、町に……キューズや領都になだれ込んだら……。
そんなこと、許せねえ。させるか!
俺が決意を込めてベルナールを見上げると、ベルナールも目をギラつかせて俺を見下ろしてきた。
「おっさん、マリア! 俺らで――」
「レオ、マリア! オレ達が――」
「「――コイツらを食い止めるっ!!」」
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