46.エピローグ:やっぱり魔物のスキルは癖がある
モモンガ獣人の白い姿が空を滑るように村の外に消えたのを見送った俺とマリア。
ファーガスも大人しくうつ伏せのままケツを晒している。
周囲を見回して、自警団の連中もいないことを確認した。
遠巻きに突っ立ってても、戦いの激しさに逃げ出したんだろうな。
火柱くらいは遠目に見られてるかもしれねえが……。
それにしても……この場にファーガスも含めて十一人いて、その内四人が素っ裸で一人が半裸ってんだから、見られていないことを祈るぜ。
しかし、なんか忘れてる気がするんだよなぁ……。
「レオ、アーロンさんが!」
みんなの様子を見に行ったマリアが、首を傾げてる俺を呼ぶ。
ファーガスを放っておくわけにはいかないので、その場から大声でアーロンさんに呼び掛ける。
「アーロンさん! 大丈夫か?!」
「うっ、ああ……生ぎでら――ゴホッゲホッ!」
アーロンさんが答えながら咳き込む。けど、意識が戻って良かった。
マリアは宿の入り口を叩いて騒動が収まったことを伝えて、水や薬を頼んでくれた。
宿の主人や商会の人達、他の客も出てきて、倒れてるみんなを介抱してくれる。
おかげで裸三人組やティナさんらが、次々に気が付いていく。
心配なのはクレイグ。妹のシェイリーンさんが痛む身体を押してクレイグに寄り添う。
領主様の文官も出てきたので、経緯とファーガスの制圧を確認してもらうと、彼は村長宅に向かった。
文官さんが村長を連れて戻ってくると、村長の手には金属製の何か。かなり重そうに両腕で抱えている。
「それは?」
「村にひとつだけ備えてある獣人用の手枷ですじゃ」
へぇ……手枷か。見てるだけで重そうだし、頑丈だって分かる。
詳しいことは知らないけど、きつく拘束するだけじゃなく、獣人の『獣化』を“鈍らせる”仕掛けがあるそうだ。あくまで獣化に掛かる時間を遅らせるだけなので“鈍らせる”ってことらしい。
領都には獣化を完全に阻める物があるそうだけど、ひとまずはこれでファーガスを拘束して監視するそうだ。
まあ、約束したし、逃げねえとは思う。
ファーガスは後ろ手に手枷をされて、
あ、『民の騎士』の三人は、早々に服を着るように
「ふぅ~。随分明るくなってきたな……もうすぐ朝か?」
空が白んでくるなか、意識がなかなか戻らないので広場から移動させられないクレイグを心配してる所に、謎の叫び声が響いてきた。
「きゃぁあっ!!」
女の声! どこだ?
「助けてぇー!」
宿屋の側面からだ!
俺が確認に走ると、マリアも後を追ってきた。
あ……いたな、コイツ。すっかり忘れてたぜ。
「ブリジット!?」
ファーガスと一緒に屋根の上にいた女。
それが雨どいに掴まってぶら下がってる……。
俺らの頭ん中からすっかり消えていたのをいいことに、こっそり逃げようとして三角屋根を転がっちまったんだろう。
そのまま落ちれば良かったのに。
そう思っていたら、女の握力が限界になったのか片手が外れて今にも落ちそうになる。
「レオ、落ちたら死んじゃうかも! 助けてあげて……お願い!」
マリアが俺の腕を掴んで頼んでくる。
自分のことを
そんなマリアの優しいところ、嫌いじゃないぜ。
俺は「分かった」って返事をして女の真下に向かう。
ちょうど女の手が離れて三階の高さから真っ直ぐに落ちてきたところを、【軟化】からの【硬化】で衝撃を抑えて受け止める。
女は場違いに派手な赤いドレスに、きんきらな髪飾りや首飾り、腕輪に指輪まで身に付けていて、化粧もけばけばしい上に香水かなんかのニオイもきつい。
そのくせ体はガタガタ震えてて――うわっ、ションベンを洩らしてやがる!
「離しなさいよ! アタシは悪くないわ! あの獣人に
……等と訳の分からないことを叫んでるけど、俺が腕を捩じ上げて文官さんと村長のもとへ。
コイツには(まともなスキルがあるとは思えないけど)人間用のスキル妨害が付いた手枷を嵌めて、ファーガスと同じ所へ……。
しばらくして、やっと意識が戻ったクレイグをみんなで囲んでいると、櫓からさっきとは違う調子の鐘が鳴り響く。
領都方面から、領主様の紋章旗を掲げた一団が来ているとの報せだった。
領主様の騎士の一人が、二十人くらいの衛士と冒険者も何人か引き連れているそう。
その冒険者ってのは『鮮血の斧』だった。
それと、もう一人。すらりとした細身の長身に、ゴツイ刃のついた槍を肩に担いで、真っ青で真っ直ぐな長髪を風に
領都のギルマスだった……!!
ギルマスは騎士様と話しながらテキパキと指示を飛ばし、日が高くなる頃に広場にいる俺らの所に来て一言。
「クレイグ……またお前か」
知り合いゆえの軽口っつうか冗談だとしても、まだ傷が癒えていないクレイグに迷惑そうな表情で呟くのは可哀そうだと思ったけど――。
当のクレイグはなんか嬉しそうにしていて、ティナさんに脇腹をつねられていた。
あと、半裸のままのアーロンさんを「なんて格好をしている! この恥さらしめが!」と蹴りつけるのも非道いと思う。でも、やっぱりアーロンさんも嬉しそうだった……。
「なにはともあれご苦労だったな。よくぞこの村で被害を食い止めてくれたな。薬は持って来た物を全て渡すから、遠慮なく使ってくれ。この件は確実に領主様にお伝えし、君達に『報奨金』が出るように力を尽くすからな」
最後にそう言い残して、ギルマスは騎士様や衛士と共にファーガスとディアナ(ブリジット)を領都に連行して行った。
アーロンさんがそっちに引っ張られて行ったし、クレイグも大事を取って荷台で休む代わりに、『鮮血の斧』が護衛隊に加わってくれて、俺たちはキューズへの道に就く。
その後、俺とマリアやキューズの盾』の皆は、事件の経過が気になるものの数日休んだだけで、普通に冒険者の仕事に戻った。
☆とある貴族の邸宅
「あの狼め、失敗するに
カーテンが閉じられ魔道具の薄い灯りが揺れる室内で、脚を組んで体を預けるソファの肘掛けを殴りつける銀髪の壮年男。
側には総髪に
「……ヤツが囚われている場所を探り当て次第、死の制裁を」
「はい」
「それで、“目”は何と? 現場を見ていたのだろう?」
「それが……。
「何故だ! ……まあよい、直接聞く。ここに連れて参れ」
数分後、執事に連れられてオドオドと室内に入ったのは白いモモンガ獣人。
首輪が嵌められ鎖に繋がれ、執事が鎖を握っている。
「い、いっぱいの人間さんとぐちゃぐちゃになって――あ、あと、ブワァ~ってなって狼さんが真っ黒になって……たっ、助けてあげようとしたらみよぉ~んってバケモノがね、なってね?」
「……」
「しゅるるってグルグルなったけどびゅーんって帰ってきたの! ……です」
「…………」
小さなモモンガ獣人は、あわあわと身振り手振りを交えて話すが……。
壮年男はこめかみを押さえながら執事に視線を送るも、執事は静かに首を横に振るばかり。
「もういい! しかし、隷従印の捺された貴様が生きて帰ったということは、貴様の存在は誰にも知られていないのだろう……」
モモンガ獣人は、レオと呼ばれていた人間から言われたことを思い出して、コクコクと頷いた。
☆
活動再開からしばらく。
俺とマリアは、盾や杖を新調しつつ依頼をこなしている。
キューズとオクテュスの定期便の護衛依頼が回ってくることも多くなり、ちょくちょく領都に行く。
その度に、一日の休息日を使ってアーロンさんに稽古をつけてもらう事が増えた。
と言うのも――。
事の起こりは【酸素魔素好循環】のスキルをマリアが恐がるんで、【スキル吸収】で俺に戻したから。
それで、アーロンさんの『魔法剣士』ってのに憧れた俺は、自分も魔法剣士になれるんじゃないかと思ったわけさ……でも、適正が無いって。風・火・土・水・光の五つ、どれにも無えって……。
まあ、それでもめげずにマリアから聞いた魔力の動かし方とか、アーロンさんの動きとかを想像しながら訓練してたら、魔力そのものを身体や剣に
以来、機会がある度にアーロンさんに頼んで、戦い方を指南してもらってる。
マリアも、【酸素魔素好循環】が無くなっても、あの時に魔法を撃つ感覚を掴めたみたいで、『発火』『火球』『火盾』は発動できるようになった。
魔力量も、魔臓が空になるくらいに使って回復することで、少しずつ総量を増やしている最中だ。
そんなこんなで、順調に冒険者の階段を上って昇級も近いって囁かれていたある日。深夜。
「ぎゃぁあああー! うわぁああああ!!」
定宿の部屋で寝ていた俺を、猛烈な……でもかつて味わったことのある衝動が襲ってきた!
「なっ、なんで?!」
俺は混乱しながらも、【体内収納】に納めてある物を全部、寝台に引っ張り出す。
無い?! 無い!? 無い!
【性欲常態化】が無い!! 結晶が無くなってる!
結局、今回はくそスライムの糞スキルが原因だったんだけど……詳しくはまた後で、だな。
第1章おわり
第2章に続く
〈あとがき〉
第1章を最後までお読み頂きありがとうございます。
引き続き第2章もお読み頂ければ幸いです!
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