45.蠢く隷従印


 ファーガスにトドメを刺してやろうとした時に、木から飛び出して俺に攻撃してきた白い獣。

 俺の半分くらいの大きさのソイツを取っ捕まえて調べたら、背中には隷従の印。


 側にいるマリアを呼んで、彼女にもそれを見せる。


「これ……一緒だよね? わたし達が捺されてたのと」

「だな」

「……ファーガスの手下ってことなのかな?」

「そうなんのかな? ファーガスはどっかの貴族に雇われてるって言ってたしな」

「そ、それにしてもレオ……この子、可愛くない? 小さいし真っ白だしフワフワだし。男の子かな? 女の子かな?」

「…………」


 敵だぞ? 一応。


 それにしても、ファーガスの手下にしては出てくるのが遅すぎやしないか? 「狼さん」なんて呼んでたし……。

 マリアが、なんかウズウズしながら「触ってもいい?」なんて聞いてくるけど、「危ないかもしれないから止めておけ」って返す。


 そうこうしているうちに、コイツが「ふにゃ!?」っと我に返った。

 俺は首根っこを掴んでいる方の手首を返して、獣を俺に向けて「よぉ」と呼び掛けると――。


「ひっ、ひゃぁああ! わわ、わたち捕まったのですか? いやぁあああっ!」


 俺の黒い瞳とコイツの赤い瞳が合った途端、あわあわと手足を動かして混乱状態になった。


「おい、お前! 暴れんなって!」

「ババババ、バケモノにつつ、捕まったですぅ~」

「可愛い……」


 誰がバケモノだ、誰が……俺か。ぐにょぐにょしてたしな、俺。

 あと、マリアは可愛いって言わない! 頭を撫でようとしないで!

 とにかくコイツを黙らせて俺の疑問を解決しようとした矢先、今度は急に苦しみ出す。


「痛い! いいい痛いですぅ!」

「は? 俺はまだ何もしてねえぞ?! それよりお前!」

「ひっ、ひゃいぃぃ?」


 わざと騒いでるのかもしれないから、取り合わないで聞くべき事を訊くことにする。

 ファーガスに焼き印を捺されて、言うことを聞かされているのか? と。

 でも、それを訊く前にマリアが俺の肩を叩いてくる。


「レオ、大変だよ!」

「ん? どした?」

「この子の背中! 蛇が……っ!」


 俺は手首を返して、背中を目の前に持ってきて毛を掻き分けて見ると、蛇がウゾウゾと動き出していた!

 チッ! 『主を助けろ』とか『捕まるな』って命令されてんのか? もしかして『捕まったら死ね』とか……?


 目の前で死なれるのは気分が悪いけど、蛇はそんなに移動してない、話をする暇はあるだろう。

 また手首を返してこっちに向ける。


「おい、お前はコイツ……ファーガスの奴隷にされてんのか?」

「ふぇ? お、狼さんのですか? ちっ、違うですぅ!」

「違うだと? じゃあ誰に隷従印を捺されたってんだ?!」

「そ、それは――ふぎゅぅううやあ痛いです!」


 ハッとして背中を見ると蛇がさっきよりも首側に移動している!

 ――うぉっ!?

 俺が獣の背中を見ていると、不意に足首が掴まれた。


 慌てて視線を落とすと、地面に突っ伏したままのファーガスの腕が――アーロンさんに入れられた切り傷が生々しく残る左腕が、俺の足首に伸びている。


「このっ……マリア、離れてろ! 」


 足首を握る力は、引き抜こうと思えば出来るくらい弱々しい。けど、念の為マリアを遠ざける。

 白い獣を左手に持ち替えて、一応剣を抜いてファーガスの頭に突き付けておく。

 手負いの獣人は、絞り出すように喋ってきた。


「離して、やれ。そ、ソイツは……俺様とは、カンケェ、ねえ……」

「あ? んなワケねえだろ。コイツはお前を助けに入ったんだぞ?」

「……だが、違う。ソイツは、ただの……監視。俺様を見張ってただけ……」

「どういうことだ?」


 ファーガスは突っ伏してた頭を少しずつ起こしながら、呻くように話を続ける。

 俺は嘘なんか吐かせないように、剣先をヤツの鼻先にチラつかせておく。

 その間も刻印の獣は「うぎゃー、ふぎゅぅ~」と痛みにもだえている。


 ファーガスが言うには――。

 なんでも、この白い獣はモモンガ獣人。

 小さな体や滑空できる特徴から傭兵団の斥候を任される種族だそう。

 でも、獣人の中で白毛は『色無し』と呼ばれて忌み子として迫害されるそうで、おそらく生まれて間もなく放棄されたんじゃないかって言う。


 ファーガス自身は、雇い主の貴族のところで初めてコイツを見たそうだ。

 当人の詳しい事情は知らないけど、流れ流れて獣化したまま人間の貴族の“隷獣”にさせられたんじゃねえかって。


 このモモンガ獣人は“隷獣”として、ファーガス達“裏の仕事人”の追跡・監視をさせられているんだと。

 そして、一連の襲撃に一切関わっていないという。


「奴隷の獣で“隷獣”か……」

「ああ。俺様は、ただの雇われ……だが、コイツは、獣人のくせに、人間風情の奴隷……あ、あわれな奴なんだ」


 ファーガスは、人間を蔑み過ぎてる節はあるけど、獣人であることに誇りを持っている。

 自分事でなくても、その誇り高き獣人が人間の奴隷になっていることを憐れんでいるという……。


「だから見逃せって?」


 モモンガ獣人の呻きが少し強くなってきた。蛇が進んだんだろう。

 側にいるマリアは声には出さないけど、俺が左手に持っているコイツに手を伸ばしては引っ込めて心配している様子。


 状況が違うけど、このモモンガは俺やマリアやチル達と同じような境遇……。

 今も痛みに悶えるコイツに同情しないワケじゃねえ。

 けど、コイツが直接ネイビスらの殺害や俺らへの襲撃に関与してないとしても『敵側の人間(獣人)』に変わりは無え。


 悩ましい……。


「ふぎゅぅうう~痛いよぉ、怖いよぉ」

「うっ……」


 蛇のうごめきに苦しむコイツの声に、胸が詰まる。

 コイツが蛇に咬み殺されるのを黙って見てるのは……。

 マリアも「レオ……」と、俺の服の裾を掴んでくる。


 俺はモモンガ獣人からファーガスに目を移して訊く。


「ファーガス。俺はお前が大人しく捕まって領主様のお調べに正直に答えて、雇い主のことも隠さねえで話すってんなら……コイツを逃がしてやってもいいって思ってる。俺とマリア以外コイツを見てる人間はいないからな……」


 マリアも頷いてる気配。

 ファーガスは俺の目を見据えて本気なのか探って――。


「小僧…………分かった」

「いいのか? コイツを逃がしたところで、お前が助かる見込みはねえだろうし、最悪――じゃなくても処刑されるかも知れねえんだぞ?」

「ふっ。俺様はテメエとの勝負に負けたんだ……さっきトドメを刺されててもおかしくは無かった。俺様の命がまだ交渉に使えるっつんならそれで充分だ」

「狼さん……うぐっ!」

「よし、逃がしてやる。その代わり、“交渉”って言ったからには、守れよ?」

「……分かってる」


 俺はモモンガ獣人の背中を見て時間の余裕があるのを確かめてから、俺に向かせて声を掛ける。


「おいモモンガ」

「ひぃ! ひゃい!」

「お前は自分の背中に何があるか知ってるか?」

「へ、蛇さんがいるです……」

「そうだ。お前が俺に捕まったから、その蛇がお前を咬み殺そうと動いてる。だから体が痛いな?」

「……はい」

「そして今聞いてた通り、ファーガスが大人しく捕まって、全部話すことと引き換えにお前を逃がす」

「……はいです」

「お前は帰って、『ファーガスは捕まった』とだけ伝えろ。どう捕まったとか、俺や他の人達のことは喋らないって誓え」


 俺が軟化でキモい姿になるなんて広まって欲しくないからな……。


「わ、分かったです!」


 モモンガ獣人は、痛みに悶えながらも真剣な目ではっきりと答えた。

 そして、コイツを放してやろうとして一つ気になることを思い出す。


「お前……名前は?」

「え? ……な、ないです」

「……そうか」


 俺と同じか……。


 俺はモモンガ獣人を静かに地面に下ろす。

 ソイツはゆっくりと、そして何回もファーガスや俺らに振り返りながら大木の元へ。

 そして、一気に駆け登って高いところからひとっ飛びすると、風に乗って柵の外に消えて行った……。

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