31.領都で魔法のスクロールを探す


 崖の中腹の岩棚。

 俺はクイーンにトドメを刺してから、しばらくはその胸部分に座ったまま。

 手下のヴァンパイア・ビーは、クイーンが死んでもなお、その場を離れないで俺を攻撃してくる。

 コイツ等なりに忠誠心があるのかな?


 俺はそれを【硬化】した身体で、剣を適当に振ってあしらっている。

 クイーンから食らった毒が俺の中でどうなるか様子を見てるけど……どうやら回復してきたようだ。

 俺の【毒耐性】が勝ったみたいだな……。


 よくやった、【毒耐性】!!


「よっこらしょっ、っと!」


 足場に気を付けつつ、忠誠心の厚いヴァンパイア・ビーを全部【刺突】で仕留めて谷筋に振り落として、クイーンもスキル結晶を取り出してから下に落とす。

 ここに置いてても解体出来ないし、なによりどこが素材になるか俺には分からないからな……。


 クイーンを下に落として、俺はどうやって下りよう? なんて考えていたその時――。


「――ッ?!」


 俺の背後――崖の天辺あたりから、何かの気配!

 パッと振り返るけど……そこには何も見えない。

 でも、何かに見られていた感覚だった。


 俺を見ていたのか?

 それを【直感】【洞察】【位置掌握】の、どれかが薄っすら感知した?

 逆に言えば、それがあっても気付かない相手だった?

 それともただの気のせいか……?


「お~い! こっちは終わったぞー。レオ君は終わったのか~?」


 方円を組んでヴァンパイア・ビーに対処していたクレイグが、下から俺に呼び掛けてきた声で我に返った。


「うっ、う~っす!」


 ……ま、いいっか。そこをジッと見てても、とっくに気配がないし……動物かなんかだったんだろう。

 さて、どうやって下りよう?


 結局、『鮮血の斧』の爺さんが崖に石飛礫いしつぶてを撃ち込んでくれて、それを足がかりに無事下りられた。

 そして、クレイグ達に岩棚から見た光景を伝えて確認に行く。


 凄惨な現場だった。

 行商人や冒険者の装いの人間や馬が干からびたような死体。荷台は車輪が外れて傾いてたり横倒しになってて、荷物も所どころ散乱してる。

 ヴァンパイア・ビーの死骸も転がっている。この人達もそれなりに抵抗したんだな……。


「手分けして街道を開通させて、ご遺体はオクテュスにお連れしよう」


 谷の手前で待機させていた馬車を呼んで、『民の騎士』も合流して魔物の解体と遺体や積み荷の回収にあたる。

 馬の死骸と魔石や素材を取った後のヴァンパイア・ビー、そして壊れた荷台を分解した廃材を何か所かに集めて燃やして、三時間くらいかけて街道を開通させる。



「ふ~。なんとか閉門する前に辿り着けたな……」


 俺たちは結局日が暮れてから領都オクテュスに着いた。

 暗くなってて防壁しか見えないけど、初めての都市だ……。


 街道にヴァンパイア・ビーやクイーンが出た事、被害者がいる事、俺らがその遺体や荷を回収した事。

 これらは、途中で谷に入って来た商人――商会の同業者――に引き返して報告してもらったので、領主様の関係者や冒険者ギルドの職員が門の前で待ち構えていた。


 詳しい報告は商会のおじさんと護衛のリーダーであるクレイグがすることになって、俺らは解放された。

 クレイグ……ここでも大変だな。頑張ってください!



 翌朝。

 俺とマリアは、商会護衛の定宿の食堂で朝飯を食っている。

 たまたまクレイグも食べに来ていたけど……目の下のクマが凄い!


「お、お疲れ様です、クレイグさん・・。もしかして寝てないのか?」


 思わず“さん”付けで呼んでしまうくらいのやつれ方だ。


「うん……朝まで掛かってね。これからギルドにも顔を出さなきゃいけないし……」


 うわぁ……頑張ってください!

 クレイグに同情しつつも、俺とマリアはオクテュスの街へ繰り出す。


 そう、“魔法の巻物スクロール”を探しに!!



 オクテュスの町は、北と南と東の門から中央広場に直線の大通りが伸びている。その大通りを基準に格子状に路地が張り巡らされているんだって。


 中央広場とか大通り付近とかは、大きい建物が多いから格子の目は大きいけど、離れるにつれて路地は細く小さく雑になるから迷わないように気をつけろって言われたな……。

 ちなみに西門は、街の北西一帯を高い城壁で囲んである領主様のお城の敷地内にあるそうだ。


「マリア、“魔法の巻物”って魔道具屋に行けばいいんだっけ?」

「うん。北大通りに大きいお店があるそうだから、先ずそこに行きましょ?」

「おう!」


 昨日の夜に東門に着いた俺たちは、東大通りを真っ直ぐに進んで中央広場から一本路地に入った、キューズのよりも大分良い定宿に泊まった。今日もここに泊まれるんだから、領主様関係の依頼って得だな。


 宿を出た俺とマリアは、大通りに出て中央広場をゆっくりと抜けて北大通りに入る。領都なだけあって、兵隊っぽい見廻りが多いな……。


「おっ? やっと見えてきたな」


 大通り沿いは大きい店ばっかりが軒を連ねていて、家具屋とか装飾品屋とか冒険者には関係無い高級店が続いて、北門に近くなってやっと魔道具屋が見つかった。


 ……で、中に入ったはいいものの、色んな魔道具があって……それもっけぇー物ばかり。

 魔法の巻物はほんの少し、しかも上級の高い巻物。目が飛び出るくらいの金額だった……。

 要は、金持ち相手の店だったんだな……。


 店を出て、街の北東区画――商業区――の路地を進むと中くらいの店があって、そこには初級魔法の巻物があった。

 まあ、マリアは元々大通りから一本裏の通りで探した方がいいって教えられてたんだけどな。


 三階建ての建物の一階。

 窓の無い外観に、『魔道具』とだけ書かれた大きな看板が打ち付けられているだけ。

 『開店』の古びた札が吊るされた片開きのドア。その前に立つマリアの表情は硬い。


 魔法使いになりたいっていう望みが叶うかもしれないから、緊張してんのかな?

 それとも、この殺風景な店構えに胡散臭さを感じているんだろうか?


 俺は、マリアの背中にそっと手を当てる。


「俺がついてる。大丈夫だ、マリア」

「レオ……うん!」


 きしむドアを開けて俺から中に入ると、マリアもゆっくりと入ってくる。

 店の中は窓が無いけど『照明』の魔道具が使われていて、商品が見える程度には明るい。


 いろいろな魔道具が並んだ棚を遣り過ごして端の方へ行くと、巻物が整然と積まれた棚があった。

 巻物は封がされていて、その封に魔法の種類が書かれている。

 さっきの店もそうだけど、魔道具がメインで魔法の巻物は端にあるんだな。


 それでも……。


「結構種類があるぞ。マリアはどれを買うんだ?」

「わたしはねぇ、【火魔法】の適性が高いんだって」


 魔法って一括ひとくくりに言っても、いくつかの種類があるそうで――。

 風・火・土・水、そして光の五つの属性があって、個人の魔力の質次第で合う合わないがあるらしい。

 “合う合わない”ってのは、『全然使えない』から『同じ魔法でも誰よりも威力や効果が強い』てな感じに幅が広いんだと。


 ちなみに、シェイリーンさんは水魔法の適性があるけど、適正具合は中くらい。コリンズ爺さんは土魔法の適性が高くて、他の土魔法使いよりも威力は上らしい。


「へえ~。火魔法か……カッコイイな、マリア!」

「そうかな? でも……まだ身体の中の魔力を上手に動かせないから、不安なんだ」

「それは訓練すればいい。杖術だって見違えるくらい強くなるほど練習したマリアなら、出来るようになるって! 『わたしなら出来るし、やってみせる!』だ!」

「そうだね! ここで心配していてもしょうがないね!」


 マリアが胸の前でグッと手を握って頷く。

 そして、火魔法の棚から初級魔法の巻物を探して、「ここで揃って良かった」と、その中から三本の巻物を選び取った。初歩中の初歩の魔法らしい。


『発火』『火球』『火盾』


「これだけでいいのか? もっと色々あるじゃないか」

「いいの。一度に買っても使いこなせないよって、シェイリーンさんから言われてるし」


 マリアは三本の巻物を大事そうに抱えて、帳場に向かった。

 金貨八枚だって!!

 『発火』が金貨二枚に『火球』と『火盾』が三枚ずつ!

 た……高っけぇー。


 でも、マリアが魔法使いに大きく近付いたんだ。よかったよかった。

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