32.スキル結晶の闇取引……アレを手放す大チャンス!?


「まだ昼前だな……これからどうする、マリア? 街の外かギルドの訓練場で巻物を開いてみるか?」


 魔法の巻物スクロールには、中に魔法名と効果の説明、それに魔法を込めた陣が描かれているそうだ。

 冒険者ギルドの“スキル表示板”の時みたいに陣に触ると、触った人の中にスキルとして取り込まれるんだと。


「う~ん……もう少し街を見て回ろうよ。いろんなお店を見てみたいし……」

「そうだな」


 魔道具店を出た俺とマリアは、昼飯まではまだ時間があるので巻物を仕舞って色々と見て回る事に。

 俺らはベルナールやフレーニ婆さんから、買い物自体は建物に入ってる“店舗”でした方がいいって言われてる。

 大通りから奥まった路地にある“屋台”や“露店”には、たまに掘り出し物があるらしいけど、それ以上に偽物が出回ってるから慣れないうちは信用のある“店舗”で買い物を済ませた方が良いってさ。


 魔道具店のもう一本裏の通りには職人がやってるような小さい店舗が並んでて、さらに奥の通りには屋台がごちゃごちゃと出ていた。


「水の魔道具要らないかー? (ヒビが入った)中古だけど、まだ使えるよー」

「中級魔法の巻物が手に入ったぞ! (本物だったら)破格の金貨三枚だ、買った買ったぁ!」

「お貴族様の質流れ品だ。由緒ある(かもしれない)壺だぞ~」

「酒の湧き出る樽だよ! (アタシャやらないけど)これで商売始めればボロ儲け間違いなしっ!」


 屋台の並ぶ通りを歩いていると、そこかしこから売り込み口上が飛んでくる。

 真面目に堅い商売をしてる屋台もあるけど、胡散臭せぇー代物を並べた奴も多いな……。


「ここで巻物を探さなくて正解だったな、マリア?」

「う、うん」


 その時だった――。


「スキル売るよー。買うよー」


 どこからともなく、スキルをどうこうって言う男の声がかすかに聞こえてきた。声を張っているでもなく棒読みみたいな掛け声。


「マリア、いまスキルって聞こえなかったか?」

「え? わたしには聞こえなかったけど、何か聞こえたの? 」


 マリアには聞こえてないみたいだけど、俺は確かに聞いた……。

 どこだ?!


 通りをキョロキョロと見回すけど、来た道にも先の道にもそれらしき屋台が無い。

 しばらく辺りを気にしながらゆっくり歩く。


「スキル高く買うよー。安く売るよー」

「――っ! あっちか?」


 他の屋台の呼び込みの喧噪の中、ようやく聞こえたその声は、もう一本裏の通りに続く細い路地を通って聞こえてきた!


「マリア、ちょっとあっちに行ってみよう!」

「えっ? あ、ちょ……」


 マリアとはぐれないように、彼女の手をしっかり取って路地を抜けて行く。

 北大通りからは随分奥に入った雑然とした通りに出ると、そこは屋台と地面に布を敷いて物を直置きして売る露店が入り混じった場所。人通りも多い。


「スキルあるよー。買うよー」


 また聞こえてきた声に集中すると、大体の位置が分かった。

 何台か並んだ屋台と集合住居の建物との間からだ。

 これは通りを歩く客からは見えにくい。っていうか隠れてるって感じ。

 いかにも怪しいけど……行ってみるか。


 俺はマリアと繋いでいる手に力を込めて、いくつかの屋台と露店を回り込んでその声がする場所に向かう。

 狭くなった道を行き交う人が多くて、そいつ等と身体がぶつかるけど気にしてられない。


 辿り着いたそこは集合住居の入り口で、そのちょっとした段差に“腰掛けて休んでる風を装っている”フードを目深に被った男がいた。

 品物も何も並べていなくて、壁に背をもたれて立てた片膝に腕を乗せて、敢えて視線を合わせないように座っている。


「スキルを売ってるって聞こえたけど?」


 相変わらず通行人が多くて肩にはガンガン他の奴の身体が当たってくるけど、俺はマリアを背に隠すようにしながら顔を余所に向けて男に話しかける。


「兄ちゃん冒険者かい?」


 通りには聞こえないくらい小さい声が返ってきた。俺もそれに合わせる。


「そうだ。……で、あるのか?」

「……あるよ」

「どこにも見えないけど?」


 俺が問い返すと、男は顔を動かさないまま集合住居の入り口のドアを肘で突く。

 ギィイっときしんで少し開いたドアのその先に、小さい壺が並んでいるのが見えた。

 蓋の無い壺からは見慣れた物が覗いている。魔物のスキル結晶だ!


「人間のは?」

「人間のもあるよ」


 一瞬心臓が跳ねた。

 禁忌だってされてる人間のスキル結晶が出回っている。“帝国”の連中みたいなことを仕事にしてる奴らって、ここにもいるんだな……。

 いや、どこにでも存在してるんじゃ?


 そんなことを考えていると、今度は背後のマリアが俺の手を握るのを強めてきた。

 『分かってる』、こんな事に手を出したりはしないよ。

 そんな意味を込めて、俺も一瞬だけ強く握り返す。


「魔物のスキル結晶を売りたいんだけど……」

「物による。見てみないことには分からねえな」

「レアスキルでも?」

「ほぉ、レアだって? 見せてくれ」


 来たぁーーっ!

 【性欲常態化】を手放す大チャンス!?


 この男が食いついてくれて、糞スキルとおさらば出来る絶好の機会だと、胸が高鳴る。

 心臓がバクバクしてるけど、平静を装って……でも、両手を使っていそいそと腰袋を開けて手を入れて、体内収納から取り出して、男に渡す。

 布に包んだままのあの糞スキル結晶をっ!!


「ほほぉ、気を持たせるじゃねえか」


 男が期待するような声音で、布をめくる。あの時のベルナールみたいだ。


「はあ? 【性欲常態化】だぁ?」


 でも、その声は一瞬でガッカリしてるって分かる声色に変わっちまった。


「こりゃあ、キツ過ぎて駄目だ……」

「は?」

「これはな、兄ちゃんは知らないと思うが……果てても果てても・・・・・・・・衝動が果てないんだ。男にとっちゃあ地獄だって話がある代物だ」


 ……知ってる。


「どこで手に入れたか知らないが、オレが買ったところで売り先は無いな……」


 男が結晶を包み直して、俺に戻そうとしてくる。

 ええ~!? やっぱり駄目なのか?

 俺も受け取ろうと手を伸ばすと、男が「待てよ?」と手を止めてブツブツと独り言のように呟き始める。


「あそこは? ――値段が合わないから駄目だな。じゃあ……娼館の女――いや! 主人になら?!」

「娼館?」

「ああ、兄ちゃんには早いが……娼館には売れそうだ。『商品』に使えば、その商品は働きまくるだろうし、“潰れても”移し替えればいい。いけるっ!」


 娼館くらい知ってる。

 帝国にいた女の人らは、キューズの町で夜な夜な似たような事をさせられていたんだから……。

 これじゃあ、俺の手を離れたとしても苦しむ人間が途絶え無くなっちまう。

 『移し替える』なんて発想にも反吐が出る!

 そんなことになるんなら、止めだ止め!!


「やめた! やっぱ売らねえ」

「なっ?! おい!」


 俺は男の手から結晶を奪い取って腰袋に突っ込む。

 そして、後ろに向き直ってマリアに呼び掛ける。


「マリア、行くぞ――って! マリア!?」


 俺の背にいたはずのマリアの姿が無い。

 俺は、マリアと繋いでいたはずの手を呆然と見る。

 ――あっ! 【性欲常態化】の結晶を出す時に、興奮してて離しちまったんだ! マリアの手を……。


 一瞬で血の気が引いた俺は、行き交う人にぶつかりながらもその場から走ってマリアの気配を探す。

 どこだ……マリア!!

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