30.死にかけのクイーン
大昔に岩山がドラゴンの尾に潰されてできた、と言われるこの曲がりくねった長い谷筋。
下からじゃ見えないけど、その崖の中腹辺りに岩棚があって――。
俺だけじゃなくここにいるみんなが、そこにヴァンパイア・ビーのクイーンの存在を確信した。
「クイーンがいるなら、それを殺せばこの集団は崩壊して、散り散りになる! 魔物とはいえハチはハチ。習性は変わらない」
クレイグが、こちら側の体力が尽きる前に解決するには、クイーンを倒す方が手っ取り早いと言う。
そう一致したけど、問題は――。
「このハチの“豪雨”の中、誰を行かせる?」
リリーさんが戦斧を振り回しながらクレイグに訊いてるけど……。
「ここは俺だろ! なっ? クレイグ、リリーさん」
まず、この方円に向かって豪雨のように突っ込んでくるヴァンパイア・ビーの大群を抜ける。
そして、クイーンがいる岩棚の下まで集中砲火を警戒しながら街道を走る。
さらに、背中が無防備になることを覚悟して崖を登る。
その崖は、見る限り風化してるみたいで、手元足元がボロボロ崩れやすそうときたもんだ……。
「こんな崖を登るのは、図体のデカイ大人じゃ無理だ! 外から回り込むったって一日かかっちまうだろ? やっぱり俺しかいないって!」
一瞬の沈黙。
クレイグもリリーさんも、瞬間的に同じことを考えて、同じ答えを出したのだろう。
「レオ君……出来るのか?」
「どうなんだ!? レオッ!」
「当然だ! 俺なら出来るし、やってやる!!」
俺の返答に、二人は力強く頷いてくれた。
そして、話を聞いていたマリアにも――。
「ちょっくら行ってくるけど……一人で大丈夫だな、マリア?」
『大丈夫か?』じゃない。
『マリアなら出来る』『心配してない』、そんな意味を込めて確認する。
「当然よ! 今のわたしなら出来るし、やってみせるよ!!」
さっきの俺の言葉をそっくり真似たマリアの返事。
そんな彼女の青い瞳には、自信が満ちていて不安なんか微塵も無かった。
「おうっ! じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい!」
「レオ君、頼んだ」
「行けぇー、レオ!」
俺とマリアの両脇に立つクレイグとリリーさんの、そしてマリアの攻撃の手が強まる。
俺が飛び出す隙間を作ってくれようとしてるんだ!
すぅーっと息を吸って、【隠滅】で自分の気配を薄めて……。
「――フンッ!」
三人の作ってくれたほんの小さな隙間。そこに【突撃】で飛び込む。そして勢いのまま飛び出す!
それでもホバリングしてる数体が俺に気付いて向かってくる。
後ろに一体、前から重なるように二体、遅れて左から一体の順。
【スマッシュキック】! クシャッ。
二体まとめて【刺突】! ズシュ。
ただ盾でブン殴る! ゴンッ!
残りの一五〇体くらいは方円しか見えてねえ。
剣に刺さったままの二体を振り落としながら猛然と走る。
岩棚の下あたりまで来たら、ちょっと止まって登る
どこが崩れなさそうか、頭で考えてもしょうがない。行けば分かるさ、迷わず行く!
【自在制御】と【直感】【洞察】を信じる!
剣を
跳び上がった先で二か所引っ掛けられそうな突起を見定めて、それぞれに左右の手の指を掛ける。
「うおっ!!」
右手を掛けた突起が
足場は慎重に探って、時には指の力だけで身体を持ち上げて登っていく。
半分くらいまで登った辺りでクイーンを取り巻いているヴァンパイア・ビーが俺の周りをホバリングして警戒しだした。
構わず登り続けると、俺を完全にロックオン。
来るなら来いよ!
【硬化】。
カンッ! コツ! カカンッ!
手足が自由なまま皮膚が硬くなって、咬まれもせず、針に刺されもしないで登り続ける。
余裕が出てクレイグ達の方を見下ろすと、彼らを狙って飛んでる奴より地面に転がってる死骸の方が多くなってきた。
流石だな。俺も……もうすぐだ。
「ん~……よっ――お、っと!」
ヴァンパイア・ビーに頭や背中に取り付かれ、カツカツコンコンと咬み付きや針を刺してくるのを弾きながら、目標の岩棚に指を掛け、肘を乗せて、頭を出す。
――いた!
あのデブ双子の片割れほどの大きさの岩棚を、一体の魔物がほぼ埋めるように横たわっている。こいつがクイーンか。
俺が頭を出したすぐ目の前に、クイーンの頭がある。
頭と胸部分は白くてフワフワそうな毛に覆われていて、赤や黒、青や紫色と、見え具合がころころ変わる玉虫色の大きな眼を俺に向けている。
「ん? 攻撃してこねえのか、こいつ?」
俺が岩棚に登り切りそうだってのに、その場で大顎をゆっくり動かすだけで、手を出してくる素振りも無い。
岩棚に登りきった俺へのヴァンパイア・ビーの攻撃が強くなる中、狭い足場に立ってクイーンを見下ろす。
「なんだ……これ?」
このクイーン……ボロボロじゃねえか。
頭や胸の部分は比較的大丈夫そうなのに……腹の部分が、半分以上潰れていて、腹の中がグチャグチャになってるのが見えるくらい回復が間に合ってない。
心臓がケツの近くにあるみたいで、弱々しく脈打って薄い紫色の血がじゅくじゅくと腹から流れ出ている。
その心臓の近くにある魔石まで露出しちまってるし……色も薄っすいし……死にかけじゃん。
「――っはあ?」
瀕死のクイーンの傷があんまり酷いから、下の街道に目を逸らしたんだけど――。
クレイグ達が戦っている場所よりもさらに先、オクテュス側の道には幾つもの馬車の残骸、馬の死体、人間の死体まで転がっている! しかも馬なんて吸血され尽くしたようで、骨が浮き出るくらいやせ細ってる……。
……昨日、泊まった村で『ここ二、三日は領都からの客がいない』なんて言ってたのは、ここで
馬車の向きを見ると、キューズから向かった奴も
「ヴァンパイア・ビーがクイーンを回復させるための血を集める。そのために襲ったってのか……?」
このクイーンは、下の馬や人から採った血を使っても足りないくらい相当弱ってる。
ここで、何かにやられたってのか?
――いや、こいつ等は日の光が届かない洞窟とか暗い森に棲んでるって言ってたから、それは無いか。
……と言うことは、今以上に酷い状態でここまで移動してきたってのか? 自力で?
ブスッ! プスップスプス!
「あ痛てっ!?」
頭が悪りいのに、考えることに集中しちまって【硬化】を解いちまってた!
油断してたところに、クイーンが腹を曲げて俺の脚に針を刺してきやがった。しかも子分連中まで俺の背中を刺してきやがる。
「チィ!」
まだ動く余力があったのか?!
でも、俺には【毒耐性】がある!
ヴァンパイア・ビーに何回か刺された程度なら、たぶん大丈夫だ。
もう一回【硬化】を掛けて、剣を抜いてクイーンの剥き出しの心臓に向ける。
クイーンさえ殺せば、子分どもは散っていくってクレイグも言ってたし。
ひと思いに刺してやろうとしたその時――。
「ハ? ……あ、あれ?」
俺の視界がぐにゃりと歪んだ。
真っ直ぐに立っていられないくらいにグニャグニャ世界が揺れて、狭い足場から真っ逆さまに落ちそうになる。
それは剣まで杖がわりにして何とか堪えた。
あれ? 俺には毒耐性があるよな? なんで?
もしかして、クイーンの毒は違うのか? 強い毒だったりして……。
でも、頭が混乱しているうちに、少しずつ身体が楽になって来た。世界も回らなくなってるし。
【毒耐性】が効いてきたのかな?
――だよな? 毒が強すぎて死ぬから楽になってるんじゃないよな? 止めてくれよ!
一回の油断が命取りになるってのは、今学んだから許してくれぇー!
頼むぞ、【毒耐性】!?
そんなことを祈りながら、俺はクイーンの心臓に剣を突き立てる。
そのまま心臓が止まるのを確認して、剣は刺したままに心臓近くの魔石を素手で掴んで取り出してから、動かなくなったクイーンの胸部分に腰を下ろす。
「ふうーっ。ヤバかったな……」
あとは【毒耐性】が勝つか、負けて俺も死ぬか、だな……。
頼むぞ、【毒耐性】!!
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