第8話 怒りよりもお笑いを?!

 いやあ、いい経験ができましたよ。

 その頃にもなれば、列車は、神崎(現在の尼崎)を通過しよった。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


「それはまた、いい経験をされましたね」

 堀田氏の弁に、山藤氏が一言。

「堀田君、話がこれで終わると本気で思っておいでか?」

「まさかまさか山藤さん、この続きもあの「おっさん」ですかね」

「そうそう。そのおっさんじゃあけど、どうも、気になってしょうがねぇのぅ」

「山藤さん、語尾、思いっきり岡山弁になってマッセ」

「こねぇな話聞かされトッタラ、そりゃ、ならんものも、ならぁ(苦笑)」

 ここからまた、岡原名誉教授の「名調子」が復活する。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 というわけで、諸君お待ちかねの、あのおっさんや、あのおっさん!


 こちらの御仁は、夏蜜柑をフルーツナイフも使わずに、皮を手でがつがつむいてがぶがぶお召し上がりや。でも案外、果汁を飛ばしたりしてなかった。まあ、普通に蜜柑を食べる要領で召し上がったみたいやね。

 それで少し手が汚れたのを見計らって、ウエイターのおにいさんが気を利かせてフィンガーボウルに水を入れて仰せや。

「こちらの水で御指をお洗い頂いて、ナプキンでお拭きくださいませ」

「さよか? 何やこのドンブリ、手を洗うためのものやってんか? はよユウてぇなぁ」

「気が回りませんで、申し訳ありませんでした(ペコリ一礼)」

 で、おっさん、おにいさんに言われたとおり、少し小さめの「ドンブリ」に両手の指をしっかり入れて少しこすって、それで、ナプキンで拭きよったわ。何だ、トイレから出て手を拭いているような感じね(苦笑)。


 さすがに珈琲ともなれば、かねて飲んでおいでなのか、砂糖とミルクを入れて、普通にかき混ぜて飲まれておった。

 ここも、あのおっさんにしては、まともやったな(苦笑)。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 私ら二人水菓子をいただいて珈琲を飲みよる頃には、おっさんは御食事というか餌の補給というかわからんが、とにかく、お会計と相成っておいででありました。


「ほな、アンチャン、お会計や、なんぼ?」 


とか何とか言いながら、財布を懐から出して、ずかずかと、会計場の前に歩いて向われておった。


 私ら品ある学生は、もう三十六計この一手。タニンのフリ他人の振り(苦笑)。

 後を振り向いても難や。知らん顔、知らん顔。でも、声は聞こえるわな。


「お会計、洋定食で七十五銭でございます」


 ウエイターのおにいさんに言われるまま、おっさん、財布から一円札を出しよったみたいや。向いの菊政君の話の話ね、そこは。


「ありがとうございます。お釣りは、25銭となります。お確かめを」

 おっさん、財布に硬貨を入れながら、一層渋い顔しておったみたいよ。

 で、帰り際に一言、こんなこと言いよったわ。これは、私も聞いたよ。


「洋食って、腹いっぱいになれへんな! 第一、高くてまずいやないか(苦笑)」

だってよ(苦笑)。


「お口に会いませんでしたようで、申し訳ありませんでした」

 ウエイターのおにいさん、そうは言っておられたけど、頭下げながらも、苦笑を隠し切れなかったみたいやね。

 そりゃそうだろうよ。周りの他のお客さんらも、怒るどころか、おっさんの食事風景の一部始終を見てひそかに笑っておられたからなぁ・・・。

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