第45話 便壺の少年

 キャンプ場の駐車場には、観光バスが何台も停まっていた。児童たちが次々と乗り込んでいる。

「隣の席の子は、ちゃんといますか?」

 担任の女先生が座席に着いている教え子たちを見回して、声をかけた。中の一人が叫んだ。

「川屋くんがまだでーす!」


 あれから数時間。夜空をヘリコプターが飛び回り、地上へライトを照射していた。林の中でも、幾すじもの懐中電灯の灯りが行き交う。おびただしい数の警察や地元の捜索隊が出回っていた。

 駐車場は真昼のような明るさで、捜索本部のテントが設置されており、深刻な表情の関係者たちの姿があった。

 担任の女先生がハンカチで涙を拭いながら、何度も何度も頭を下げている。その前にいるのは、川屋少年の両親だった。

「すべて私の責任です! さぞ、恨めしいとお思いでしょう! どうぞ、私を蹴るなり、殴るなり、何でもなさってください! さあ、さあ!」

 半狂乱状態になって、両親にしがみついていた。


 そのころ、木立の中の木造便所に捜査員の二人が懐中電灯を片手にやってきた。

「すみません、ちょっといいですか? 生水に当たって、調子が悪かったんで」

 後輩が個室に入っていった。先輩は待っているあいだ、外で煙草を吸い始めた。

 中から後輩の声が響いた。

「しまった!」

「どうした?」

 先輩がドア越しに声をかけた。

「財布を落っことしました!」

「あきらめろ。どうせ、たいして入ってなかったんだろ」

「先輩、来てください!」

「俺は手伝わねえぞ。一人で取りに行け」

 戸が開き、下半身むき出しのままの後輩が顔を出した。

「違うんです! 見てください!」

 懐中電灯の光を便壷の中へ向けると、しょんぼりと汚物の中でしゃがんでいる川屋少年の姿が照らし出された。


 駐車場には、大勢の人々が二手に分かれて道を開け、じっと凝視していた。照明はまぶしく、フラッシュも焚かれる。周囲はまるで音が消えてしまったかのようにシーンと静まり返っていた。

 その中を捜査員たちに付き添われて、ゆっくりとやってくる川屋少年。タオルに包まれ、決して顔を上げようとせず、歩き続ける。


 小学校の廊下をうつむいたまま歩き続けているランドセル姿の川屋少年。

 周囲も同じように生徒たちが廊下の両端に分かれて、通り過ぎていく川屋少年を好奇の目で見つめていた。その中には、あの綾小路麗子の姿もある。

 クラスメートの視線を気にしながら、川屋少年は教室に入った。誰もが目を合わせない。自分の席へ来たとたん、動きが止まった。机の上に花が活けてあるが、容器は花瓶ではなく尿瓶だった。

 陰でクスクス笑う児童たち。黒板を見ると、『ぼっとん川屋』という文字で、ぎっしりと埋まっている。中央には、川屋少年が巨大な巻き糞を頭にかぶっているイラストまで描いてあった。

 川屋少年は黒板に駆け寄ると、半泣き状態でムキになって消し始めた。その光景を見て、教室中がさらにどっと沸いた。


 ……これが、これこそが俺の封印していた過去だった。


                (続く)

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