第42話 川屋勉のロング・グッドバイ

 走るタクシーの後部座席で、立てこもり犯は窓の外を眺めながらつぶやいた。

「あれ以来、俺は何をやっても失敗の連続だった。そして、とうとうこんな目に……。あの一件さえなければ、俺はまっとうな人生を歩んでいたはずだ……」

「よさないか! 誰だって、そんな経験の一つや二つ持っているぞ。要はそのつらい過去をどう克服するかなんだ!」

 俺の叱責に、立てこもり犯は黙ってしまった。俺も語りたくなってきた。苦くて、そして甘美な想い出を……。

「俺にだって……俺にだってな……」

 タクシーが急停車した。俺たちは何ごとかと身を乗り出して、フロントガラスから見える光景を凝視した。

 前方には機動隊が待ち構えていた。

「周りを囲まれているぞ!」

 左には警備員たち、右にはアスリートたち、後方にはヤクザたちが遠巻きにしていた。

 まさにウンも尽きた、とはこのことだ。

「あきらめるのは、まだ早い」

 運転手は突如、車から降りて背後へ回った。トランクを開け、何かを取り出している。ショットガンを手にしていた。

「おおっ!」

 立てこもり犯も興奮しながら降りた。同じように武器を手に入れたようだ。マシンガンだった。

「よーし、俺も!」

 立てこもり犯と運転手に影響されて、俺も降り立った。

「あんたは逃げろ」

 立てこもり犯が言った。

「俺たちがオトリになる。その隙に行け」

 運転手が足もとのマンホールの蓋を開けた。

「でも、あなたたちを残しては行けない」

「いいから早く! 俺たちの分も代わりに頼むぞ」

 どうしてそこまでして……。俺の中に熱いものがこみ上げてきた。

「もう、醜い争いはやめるよ。もし便器が一つしかなかったら、二人で一緒にするんだ。半分半分か、背中合わせか、二人乗りのように共有して」

「最後くらい格好つけさせてくれ。今こそ、つらい過去を克服するときなんだ」

 立てこもり犯はクールに言い放つと、運転手と一緒になって、俺をマンホールの中に押し込んだ。俺は涙を浮かべながら、二人を見上げた。

「一つ聞いていいか? もし、和式トイレを使っている時に、勝手にドアを開けられて、他人にその姿を見られたとしたら、どっちが死ぬほど恥ずかしい? ウンコをしている瞬間か? それとも尻を拭き取っている瞬間か?」

「俺は拭いてる時かな」

「私もです」

 立てこもり犯と運転手は即答した。

「……よかった。同じで」

 蓋が閉まり、俺は闇の中に包まれた。


                (続く)

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