第39話 御手洗花子と愛の終焉

 また、スマホが鳴り出した。それでも私は、彼の通話に出ようとしなかった。もう、今日はあきらめてほしい。

 いきなり廊下に通じるドアが開く音がして、私はびっくりした。

「花子……? ここにいるのか? お~い、花子?」

 彼……佐村井武士の声だった。個室の扉が外側からノックされる。

「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

「大丈夫。あとでまた連絡する」

 私は泣いているのがばれないように、抑揚のない声で返事をした。

「大丈夫なわけないだろ! 何があったんだ?」

「別に。本当に何もない」

 彼は取っ手をつかんだり、扉を押したりしていた。鍵は壊れてはいるものの、つっかえ棒がしているためにビクともしない。

「花子、ここを開けろ!」

「……ねえ、武士。私のこと、愛してる?」

「当然だろ!」

「じゃあ、たとえ私に何が起こっても?」

「俺には、君が必要なんだ!」

「違う! きっと私のことが嫌いになる。それぐらい分かってる……」

 私は完全に泣き声になっていた。

「俺は君と死ぬまで一緒だ。いや、それ以上だ。地獄だろうと、天国だろうと構わない。死んでも一緒だ!」

「……信じていいのね?」

「これがその証だ!」

 扉の上から、彼が顔を覗かせていた。その手に持っている指輪……プロポーズリングが輝いている。

「武士……」

 私は笑顔になり、手を差し伸べた。届きはしないけれども。

 だが、彼の表情は凍りついていた。その手からリングが落ち、床へと跳ね返り、転がっていった。

「お願い、ここから出して。抜けられなくなったの」

「ごめん……許してくれ」

 どうして彼は謝るのだろう?

「君は強い女だ。俺なしでも、十分に生きていけるよ」

 彼は無理にほほ笑んでみせたが、逆に醜くゆがんだ表情になっていた。

「どういうこと? だって武士、今、私のこと……」

「これまで本当にありがとう。思い出は、一生、忘れないよ」

 扉から降り、彼の姿が消えた。

「待って、武士!」

 つっかえ棒を外し、ドアを開けた。すでに彼の姿はなく、廊下へと通じるドアがバタンと閉まったところだった。


 こうして、私の愛の日々は終わった……。


                (続く)

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