第38話 男たちのミッドナイトラン
俺とトイレ立てこもり犯は、路上をともに走っていた。警察の追っ手から逃れるために。犯人の彼は当然だが、なぜ、俺まで?
逃げるのではない。トイレを求めて走っているのだ。それは隣の彼も同じ。こいつも、俺と同じくウンコをしたいのだ。ただ、それだけ。
後方から機動隊の一群が全力で迫ってきていた。俺たちは赤信号を無視して交差点を突破した。追っ手も強行突破した。そのために、避けようとした車同士が衝突し、横転した。
警報機が鳴り始め、遮断機が下りてくる踏切を、俺たちは走り抜けた。これでどうにか機動隊の連中の足を止めることに成功……いや、奴らは遮断機をくぐって渡ってきた。警察だからといって、さすがに危険だ。
案の定、警笛をかき鳴らす電車が間に合わず、何人かの機動隊員が犠牲になった。
俺たちはそれでも走り続ける。
すると前方に立ちふさがる、制服姿の一団があった。先ほどのトイレショールームの警備員たちだ。執念深い。
「俺はこっちへ行く!」
「無事を祈るぞ!」
俺は右の路地へ、立てこもり犯は左の路地へと別れた。警備員たちは俺を、機動隊は犯人を追った。
俺の前方にまた別の集団が待ち構えた。今度は……すっかり忘れていたヤクザ連中だ。中年アニキのカツラは新調され、まぶしい金髪になっていた。
「とうとう見つけたぞ!」
俺はまた別の路地裏へと逃亡を図る。合流した道で、立てこもり犯と再会した。
「あんたも大変だな」
「お互い様だよ」
俺たちは駆け出す。後方では、機動隊と警備員とヤクザが入り乱れて追ってくる。
気がつけば、ひらけた市民運動場を走っていた。競走用の400メートルトラックに入る。ハードルがずらっと並んでいるので、俺たちは必死に飛び越えてはクリアしていった。後方の追っ手たちも同様に。
そのまま隣のグラウンドへ移動する。ちょうど、ラグビーの練習をしている人たちがいて、俺たちは並走するように紛れ込んだ。ボールがパスされてきたので、隣へと投げ渡していく。後方の追っ手へと渡ったボールめがけて、ラグビー選手たちが次々とタックルで襲いかかっていた。
さらに隣のコートではサッカーの練習試合をしていた。ちょうどPKの場面だったが、走ってきたついでに俺は蹴飛ばし、華麗にシュートを決めた。
再び路上に出た。俺と立てこもり犯は依然として走り続けている。追っ手たちには、ラグビーやサッカー選手たちも加わり、膨れ上がっていた。その差がどんどん縮まっていく。ああ、捕まってしまう。
目の前にタクシーが滑り込み、停車した。
「さあ、乗った乗った!」
あの運転手だった。運転中に我慢できなくて尿を漏らしたり、産気づいた妊婦を乗せて暴走した、初老のタクシードライバー。
(続く)
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