第37話 トイレでチャンバラ、屋上で棒高跳びの川屋勉
「なぜ、来た?」
トイレ立てこもり犯も俺に気づいたようだ。先ほど、コンビニで人質にした相手が俺だったということを。
壁際に女性が一人いて、うずくまっていた。彼女が人質か。
「あんたに会いに来たんだ」
俺は冷静さを装いながら個室に入ろうとした。
「待て!」
犯人がカッターナイフを掲げて、脅しをかけてきた。俺は彼の手を払った。カッターは個室の壁に強く当たり、刃がぽきりと折れた。カッとなった犯人は俺を締めにかかった。
「俺より先に行かせることは許さん!」
この犯人、まだウンコをしていないのか? せっかく、トイレに籠城しているというのに。
俺たちが取っ組み合っている間に、人質の女性は一目散に外へと逃げ出していった。良かった。俺は人の命を救ったのだ。これで俺も吹っ切れた。迷いなく戦える。
犯人がモップの先で俺を突いてきたので、ラバーカップで応戦した。まるでチャンバラのような立ち回りだ。
「なかなかやるのう」
「おぬしこそ」
その時、外から次々と煙を上げた弾が飛び込んできた。催涙弾だ!
「突撃っ!」
表から声が響いてきた。突入してくるのか?
もうもうと煙る中、俺たちは狼狽していた。
「逃げなきゃ!」
「そうは言ったって、周りは完全に……」
「いや、あそこから!」
犯人が指差した天井には、点検口があった。小便器に足をかけ、個室の仕切りをよじ登り、点検口を開けると、犯人はその中に消えていった。俺も遅れまいと、続いた。
公衆便所の平屋根に出た俺は、周囲を見回した。真昼のように照らし出された公園。機動隊がじわじわと迫ってくるのが見えた。
犯人は屋根の上にあった物干し竿を手にしていた。なぜ、こんな物が? きっと、処分するのに困って、不法投棄したのだろう。もう一本あったので、俺も竿を手にした。
二人ともその竿を真下の地面に突き刺した。そして勢いをつけると、まるで棒高跳びのように思いきり踏み込み、屋根から飛び立った。
俺たちは隊員たちの頭上を通り越し、前方にあった噴水の中に着地した。
「逃げたぞ!」
警察側から怒声が響いた。
(続く)
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