第36話 交渉人、川屋勉

 公園を取り囲む野次馬の一人、パジャマ姿の男に、俺は問いかけた。

「何の騒ぎですか?」

「立てこもりだよ。何時間も便所ン中で人質を取ってるって。せっかく来たのに、これじゃ、テレビで見ていたほうがよかったな」

 見回せば、報道関係の人間も多くいた。

 俺の中で、何かが弾けた。やる。今度こそ、やる。そう、決めた。

 人混みをかき分け、張り巡らされた黄色い規制線をくぐった。投光器で煌々と照らされた中を進んでいく。

「入っちゃ、ダメだぞ!」

 後方を見返すと、先ほどコンビニにいた刑事だった。カッターナイフを突きつけられて人質となった俺を助けようと、犯人に銃を向けてくれた刑事。

「俺が交渉人になります」

「何をバカな! いいから、来い!」

 刑事が慌てて近づこうとするが、俺はさっさと公衆便所の前まで走っていった。

 トイレの中から、犯人らしき声が響いた。

「来るんじゃない! 人質がどうなってもいいのか!」

「警察の人間じゃない。俺はただ、ウンコをしに来ただけだ」

 両手をバンザイして、抵抗の意思がないことを示した。

「嘘をつくな! ダメだと言ったら、ダメだ!」

「すまん、漏れそうなんだ!」

 俺は構わず、中に突入した。途中で足が絡まって、前のめりに倒れ込んだ。

「お前っ!」

 見上げると、カッターナイフを手にしていた犯人は、例のコンビニで俺を人質に取っていた奴だった。


                (続く)

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