第34話 御手洗花子のリバースキス

 彼と出会ったのは、庶民的な居酒屋での飲み会だった。私たちOLメンバーと、女友達の知り合いのサラリーマングループ。

 初めましての挨拶の時から、向かいの席に座った男性と目が合うなり、私の中でときめきが炸裂した。佐村井武士というイケメンすぎる名前の彼もまた、私のことをじっと見つめ返して、瞳をキラキラさせていた。

 これが運命の出会いというものだ。

 閉店時間が迫っても、私と彼はまだ見つめ合っていた。他のメンバーはとっくに帰ってしまい、二人きり。客もおらず、店員たちが片づけを始め、ついに店から追い出されることになった。

 立ち上がった瞬間、私は崩れ落ちた。今まで緊張を解くためにひたすら飲み続けていたのだ。彼はベロベロに酔っぱらった私を支えながら、男女兼用のトイレに運んでくれた。

「さあ、しっかり。あと少しで……」

 便器へ向かおうとしたが、その前に限界に達してしまった。彼のスーツに盛大にゲロゲロゲロとリバースした。

 素に戻った私は、目の前の光景に愕然となった。汚物まみれとなった彼が固まっていた。

「ご、ごめんなさいっ! 私、とんでもないことを……ちゃんとクリーニング代、出しますから! どうしよう……どうしよう……」

 涙も鼻水も出てきて、顔中ぐしゃぐしゃだ。

「いいんだよ。君の温かい愛をひしひしと感じたから」

 そうほほ笑むと、彼はいきなりキスをしてきた。まだ私の唇や口中には、吐瀉物が残っているというのに。

 いったん離れて見つめ合う二人。今度は私のほうから激しく求めた。


 こんな素晴らしい彼を逃すなんて、絶対に嫌だ。だからどうしてもここから、トイレの便器から抜け出さなければならない。


                (続く)

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