第29話 川屋勉と簡易トイレ、そして高速ババア

 俺は絶望して、中に入れなかった我が家をあとにした。降り続ける雨の中、夜道をさまよう

 静まる工事現場の横を通り過ぎた時、簡易トイレに気づいた。鍵がかかっていない!

 俺はすぐに中に入った。和式便器だが、構うもんか。

 その瞬間、トイレ全体がガクンと激しく揺れた。外から騒音が聞こえ、そのうちトイレがゆっくりと傾き始めた。俺は何ごとかと、壁に手を当てて支えようとした。

 ゆらゆらと揺れ、思いっきり横に倒れた。便器の中から汚物が逆流してきて、服に引っかかった。まだ物音も揺れも続いている。

 トイレが倒れているため、ドアの位置は足もとにあった。これでは開くわけがない。

 狭いトイレの壁に何度も体をぶつけた。ついに九十度、トイレが転がった。ドアが開く。

 外へ出た俺は周囲を見て、目を丸くした。トイレはトラックの荷台の上にあり、トラックは夜の高速道路を走っていた。


 やがて渋滞になった隙に、俺は荷台から降りた。出口はどこだ?

 端の壁際に沿って、あと戻りする。やがて前方に人影が見えた。ショッピングカートを引いた老婆だった。

「こんなところで何やっているんですか!」

「道に迷ってしまってのう……」

 老婆はその場にしゃがみこんでしまった。横を車がびゅんびゅんと通り過ぎていく。

「さあ、行きましょう! 危ないですから!」

「まあ、食べんかね?」

 カートの中から、煎餅やみかんを取り出してきて、食べ始めた。ペットボトルのお茶まである。

 今、何かを食べたら、お尻から出てきてしまう。くつろぐ老婆を残して、俺は立ち去ることにした。


                (続く)

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