第19話 電車とタクシーと川屋勉

 駅でもないのに、電車が緊急停止した。車内放送が流れる。

「ただ今、人身事故がありましたので、今しばらくお待ちください」

 ざわめく乗客たち。予想どおり、ことはうまくいかない。

 飛び込み自殺だろうか。死ぬのは勝手だが、人に迷惑をかけずにくたばってくれ。

 じっと待つしかない。今はまだ大丈夫でも、急にお腹に波動が来る。早く動いてほしい。

 それにしても寒い。冷房がガンガンに効きすぎているのだ。もう夏も終わるというのに。

 おまけに、さっきウォシュレットの洗浄シャワーを全身に浴びたから、ワイシャツはずぶ濡れだ。スーツの上着も置いてきてしまった。体をさすっても、一向に寒さは収まらなかった。

 そもそも日本のサラリーマン社会がおかしい。真夏なのに暑苦しいスーツにネクタイ姿。だから、どこもかしこも真冬並みの温度に設定するのだ。しかも、秋になっても相変わらずクーラーが使われていることさえある。

 このままでは体が冷え切って、まずい。どうしよう?

 他の乗客たちも寒がっている。だったらこの際、みんなで押しくらまんじゅうをして温まろうと言い出そうか。それ、危ない人物だな。それにお腹やお尻を圧迫されたら、身が出てしまう危険性がある。

 俺は苦渋の決断をした。非常用レバーを引き、ドアをこじ開けると、線路へと飛び降りた。


 静まり返った住宅街に、俺はたたずんでいた。俺がじっと見つめる視線の先には、飼い犬を散歩させている女性がいた。その犬は気持ちよさそうに電柱に放尿していた。

 小さな通りに出ると、タクシーが停まっていた。ちょうど男性客が清算したところで、降車してきた。俺は急いで運転手に声をかけ、乗せてもらうことにした。

 後部座席に着き、ドアが閉まる。ふと、今下りた男に見覚えがあった。つい先ほど会ったような。

 ああ、あのバーのトイレで、鉢合わせた男。彼のセリフがよみがえる。

「別に構いませんよ。私は差別はしない主義でしてね。男と男が愛し合うなんて、今じゃごく当たり前ですから」

 発進するタクシーの窓から外へ目を向けると、路上の男がとあるアパートへ入っていくのが見えた。


                (続く)

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