第10話 川屋勉とケツ出し人間
ヤクザの追っ手を撒き、どうにか命拾いした俺。ちょうど目の前にバーがあった。休みがてらに、一杯だけ引っかけるか。目当ては当然、トイレだ。
店内は意外に広く、客で賑わっていた。カウンターのバーテンダーに注文してから、化粧室の場所を聞いた。
男子トイレの床に、人がうつ伏せで倒れていた。ズボンもパンツも足首までずり下ろした、尻丸出し状態で。
「大丈夫ですか?」
反応はない。意識がないのは、酔い潰れているせいだろう。
一つだけある個室を見ると使用中。この男は小便がしたかったのか、大便がしたかったのか。
親切心から、とりあえずズボンとパンツを上げてやろうとするが、その手が躊躇した。ずり上げようとした瞬間、ケツからムニュムニュと身が出てきたら。かといって、あお向けにしてイチモツを目の前にするのも、ゴメンだ。
その時、小康状態だったお腹に、再び激しい波が襲いかかってきた。ケツ出し男はそのままにして、俺は小便器で大便をすることにした。ズボンとパンツを下ろし、立ったまま尻を突き出して、便器に触れない程度に。なかなかタイミングが難しい。
すると個室の戸が開き、用を済ませたばかりの男性がさっぱりした表情で出てきた。
「……!」
男性が目の前の光景にギョッとした。
一人はケツを出したまま倒れているし、もう一人も下半身をさらけだして、中腰になっているのだ。
「失礼しました! どうぞ、ごゆっくり」
男性は引き攣った笑みを浮かべながら、倒れている男を避けるようにして注意深く壁沿いに横歩きした。もちろん、俺からも離れるようにして。
「いや、これは違うんです」
俺は弁解したが、理解してもらえただろうか。
「別に構いませんよ。私は差別はしない主義でしてね。男と男が愛し合うなんて、今じゃごく当たり前ですから」
男性は逃げるようにして出ていってしまった。誤解は解けなくてもいい。個室が空いたのだ。
俺は中に入り、便座に腰掛けた。悲鳴を上げ、飛び上がった。熱い。暖房便座が熱すぎる。
いったい、何度に設定してあるんだ? きっと、俺の尻は便座の形に赤く火傷の痕が残ってしまっているだろう。
温度を下げようと、ウォシュレットのスイッチを操作してみる。洗浄水が俺めがけて勢いよく発射してきた。
素手で、さらには上着を脱いで防ごうとするが、どうやっても温水は止まらず、俺も周囲もびしょびしょになってしまった。
俺はあきらめて、噴水状態の個室を出た。ケツ出し男はまだ寝ていた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。