第9話 ヤーさんと川屋勉とヅラ

 コンビニ脅迫犯の男によって人質にされた俺は、路上ですぐに解放された。男はおばちゃんが乗った自転車を強奪すると、全力で走り去った。俺も巻き込まれないよう、反対方向へ逃げた。

 児童公園の公衆トイレを見つけた。でも、きっとまた何かあるんだろうなと、不吉な予感がした。

 中に入ると、いかつい男たちが七、八人ほど寄り集まって、奥の個室を覗いていた。どう見ても、カタギではない。アニキ格の男が俺に気づき、鋭い視線を向けてきた。アニキといっても、おっさんだ。

「すみません、ちょっといいでしょうか。すぐにすみますので……」

 俺は愛想笑いを浮かべながら、手前の個室に入ろうとした。だが、子分がさえぎった。

「アニキ、何か怪しいっすよ」

 俺は無理やり、奥の個室へ連れていかれた。そこには髪も服もビショビショでボロボロの男が、顔面を醜く膨れ上がらせて、床にグッタリとなっていた。

 アニキがボロボロ男に問いかけた。

「これが例の仲間か? 俺たちを裏切ろうとした……」

 もはや口を開く力もなく、ボロボロ男はうっすらと目を開けるだけだった。

「誰かと聞いてるだろ!」

 アニキの蹴りが入った。ボロボロ男は子分たちに起こされると、強引に便器に顔を突っ込まれた。さらに便器に押しつけたまま、便座の蓋でガンガンと挟む。

 それでも、ボロボロ男はしゃべらない。しゃべれないのか。

「じゃあ、本人に聞くしかないな」

 アニキはビクビクしている俺をにらみつけてきた。

「何をたくらんでいた? 俺たちをサツに売る話か? それとも、組の金を横取りする話か?」

「違います! 私はただ、ウンコがしたいだけで……」

「ふざけるな!」

 アニキは俺の首根っ子をつかむと、ボロボロ男と同じように便器に顔を押しつけ、水をじゃんじゃんと流した。

 俺は苦しくて、手足をバタバタさせた。

「さあ、吐け! 吐きやがれ!」

 俺は無我夢中で何かをつかんだ。同時に、アニキが離れた。

 見上げると、先ほどまでフサフサだったアニキの頭はツルツルのテカテカに光っていた。そして、俺の手にはフサフサの髪の毛が。

 アニキはうろたえながら手で頭を隠し、周りの子分たちはあまりの突然のことに固まってしまっていた。

 俺は汚い物を振り払うかのように、そのヅラを隣の個室へ放り投げた。

「早く取ってこい!」

 アニキの怒声に、子分たちは一斉に隣の個室へなだれ込んだ。

 俺はその隙を突いてアニキを押しのけると、一目散に出口へ向かった。その刹那、隣の個室の便器内にヅラが浸かっているのが垣間見えた。


                (続く)

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