第6話 御手洗花子の抵抗と諦観
私は依然として、深夜の誰もいないビルのトイレにいる。便器にお尻がはまって、抜けない状態のまま。
スマホはある。だが、あえて助けは呼ばない。これでも恥じらう乙女心があるのだ。もう、二十八歳だけど。
こんなふうにずっとぼんやりしていたわけではない。一応、便器から抜け出そうと、あらゆる方法を試してはみたのだ。
まずは備えつけトイレットペーパーの器具につかまり、体を引っ張り上げようとした。しかし、器具は無残にも壁から勢いよく外れて壊れてしまった。
次は手が届く個室のドアの鍵をつかんで、上体を引き上げようとした。同じく、鍵が崩壊。しかも、鍵がかからなくなってしまった。
続いて、便器の背後に手を伸ばしたら発見した、便器つまり取り。正式名称はラバーカップという。この吸盤を正面のタイル壁に押し当てて、自分の体を持ち上げようとした。皆さんの予想どおり、柄が吸盤からスポっと抜けてしまった。
ただの棒切れを戸に立てかけて、心張り棒の代わりにしてみた。
まだあきらめない。バッグの中を引っかき回し、コンタクトレンズの洗浄液を取り出した。中の液体を便器と自分の肌が接触している隙間に流し込んだ。
指輪が抜けない時に、石鹸や油で馴染ませる手法だ。
その瞬間、逆に腰が落ち、もっと深みにはまった。ぬるぬるのせいだ。体重のせいだ。
まじめにダイエットをしていれば……違う! 無理なダイエットのしすぎで、急激に痩せたからだ。たぶん。
もうバカみたいに痩せようなんて考えるのはよそう。明日からは健康のことも考えて、どんどん飲み食いするんだ。そうすれば、二度とこんな目に遭うこともないだろう。
スマホにメッセージの着信があった。先ほどから何度も何度も届いている。だけど、私は返信をしなかった。既読にならないよう、読むことさえもしなかった。
どうしよう? 最も恐れていたことなのだ……。
(続く)
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