第3話 川屋勉は上下する
閉店まで間がある駅前のデパートに、俺は足を踏み入れた。さっそく、二階へ通じる階段を上り、踊り場のトイレへ。
誰もおらず、空いている。うん、ここは洋式だ。安堵してズボンとパンツを下ろし、腰を下ろした。
その瞬間、便器が粉々に壊れ、俺は尻もちをついた。いったい、何が起きたのか。
呆然とへたり込んでいると、個室の外から声が聞こえてきた。
「ここだ、ここだ」
「あれ? お客さん、いますか? そのトイレ、修理するので開けていただけませんでしょうか?」
俺はズボンを上げ、ドアを開けた。作業服姿の二人組が顔を覗かせてきた。修理道具を持った水道工事業者の人だった。
「すみませんねえ。他の階のトイレを使ってください」
俺は一つ上の階のトイレに入った。洋式の個室が空いていた。だが、蓋を開けた瞬間、思わず吐きそうになり、慌てて口を押さえた。
自分のものぐらい、最後まで責任を持てよ。
俺は蓋を閉めて、律儀に流してあげた。ところが、配管が詰まってしまったのか、茶色い水がどんどん溢れ出てきて、床が水浸しになり、あわてて後ずさりした。
俺はまた階段を駆け上がり、次のトイレにやってきた。「清掃中」のボードで塞がれ、入れない。
腹を押さえて、さらに駆け上がる。駆け上がる。駆け上がる。
とうとう、最上階のレストランフロアに来てしまった。ここのトイレは広く、個室も一つだけではないが、どれも使用中だった。
まず手前の個室をノックする。中から返ってくるノック。
隣の個室へ。ノックが返ってくる。
三つめの個室も同様でダメ。
最後の個室を恐る恐る叩いてみた。ノックは返ってこない。
俺は顔をほころばせながら、ドアを開けた。
「……!」
中は清掃用具置場だった。
全身の力が抜け、崩れ落ちるように四つん這いになった。
非情な。
だが、俺は決心した。あたりを警戒しながら、再び清掃用具置場に入った。ズボンとパンツを下ろすと、目の前の清掃用の流し台に上がり、しゃがむ体勢になった。
来るなよ、誰も来るなよ、と念じた。
その願いは空しく、ドアが開き、掃除のおばさんと目が合った。一瞬の静寂。
「失礼しました」
俺はおばさんの横をすり抜けるようにして立ち去った。
蛍の光が流れる中、俺は下りエレベーターの中に一人でいた。
とりあえず、屁でごまかそう。身が出ないように、慎重に放った。
途中階で停止し、若い女性客が入ってきた。
再び降下。女性客は鼻をすすり、不快な表情になった。
俺は居心地が悪くなって、次の階で降りた。代わりに、数人がエレベーターに乗り込み、扉が閉まった。
きっとみんな、女性がおならをしたと思い込んでいるだろう。彼女、すまん。
(続く)
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