開のたまご

 ローズが触れると同時に黒い筋だけだった刻みに光が走る。やがて隅々にまで緻密な金の線を描いた扉は音もなく内側に開いた。

 換気が十分にされていない淀んだ空気が中から溢れ出す。僕らが足を踏み入れると、動きに反応して魔法の灯りが室内を照らした。


「ここは王と私にしかひらけないの。つまりヌンドガウの正統な血にしか反応しない造りになってるから、たとえ伴侶でも開けることはできないのよ」

「作った人にも?そもそも誰が作ったの?」

「数代前の王が偉大な魔術師に作らせたと聞いているわ」


 そうなんだ。そんなものが存在してたなんて、昔ローズと一緒にお城探索してる時は気づかなかった。

 ここは城とは少し離れたところにある別棟だし、王妃の秘密を探りたかったローズには関係ない場所だったのかも。それに王家にまつわる秘密を簡単に明かす訳はないか。

 窓はなく、扉や床、壁や天井にも防御と許可なき侵入者を拒む古い呪法が刻まれている。ここを作った魔術師は相当に偏執的な人物だったようだ。


 でもこのことヴォジャが知ったらまた泣きそうだな。王家の血とはなんの関わりもない僕らが見ていいんだろうか。

 僕の心配が顔に出てしまっていたのか、ローズは安心させるようににっこり笑った。


「クラウスは知ってるけど何も言わなくてよ?」

「言わせないの間違いじゃないの?」

「まあ!言うわね!昔はあんなに可愛いかったのに」

「レピは昔も今も可愛いわ」

「うふふ、そう思うのは魔女様だけよ」


 いったい何の話?いつの間にかずいぶん意気投合したみたいだけど、僕がいない間にどんな話してたんだろ。


「そういうのいいから早く行こうよ」

「そうね。行きましょう。あなたは守護竜の末裔だし王家とも繋がりは深いはず。秘密は守ってくれるでしょう?魔女様も口が堅いしセシルは今日帰るから秘密は海の底よ」


 ローズは先に立って歩きながら、辺りを注意深く伺う。軽口を叩いていても緊張気味なのは、周りに不気味なものが溢れかえっているからだろう。

 埃にまみれた何かの古い骨、鎖で雁字搦めになった革装丁の本、壷、鉱石、いわくありげな斧や剣、槍などの武器も見える。


「そういえば竜殺ドラゴンスレイヤーしって本当にあるの?」

「ある……かもしれないわね。全部確かめた訳ではないから分からないけど」


 あの邪悪な魔女は城の宝物庫から剣を見つけたと言っていたから、てっきりここにあるのかと思った。当時の王をそそのかせば伴侶でも入れないことはない。

 ああ、ここは保管庫だから違うのか。王様もその一線は守っていた訳だ。


「ねえ、ローズ。私この部屋に住みたいわ」

「えっ!?僕は嫌だよ!」


 僕はぎょっとして思わず声を張り上げた。お師匠さま、さっきから嬉しそうにあちこち見てると思えば何を言いだすんだ。彼女にとってこの呪いで溢れた部屋は宝の山に見えているらしい。

 来て間もないけど僕はもう森の澄んだ空気が恋しいというのに。


「そうねえ、住むのは許可できないけど研究してもらいたい魔導具や呪物がいっぱいあるわ」

「あら、じゃあ、正式に契約したくなったら声をかけてね」


 もう嫌だこの人たち。しかし泣きたい気分に浸ったのは一瞬で、喋りながら歩いているうちに僕たちは突き当りの壁に掛けられた毛皮の前に到着していた。

 黒っぽい斑の短毛が生えた灰色の長い皮。腹側が大きく開き、手と足を通す場所と思しき箇所が見える。人型のようで人型ではない。いったいなんだ?


 するとそれまで黙ってついてきていたセシルが急に前に飛び出した。危ないと止める間もなく壁に縋り、彼の目から大粒の涙が零れ落ちる。


「あ……ああ………」


 常に装飾過多な言葉を紡ぐ吟遊詩人は声を詰まらせ、皮を抱き締めて言葉もなく石の床にその膝をついた。

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