黒のたまご

 金色の船は優美なアーチを描く白亜の水門を潜り抜け、城の中まで続く船着き場で停泊する。


 娘たちはこのまま帰すから、船室には護衛代わりにディルを置いてきた。最初大きな狼を恐れていた娘たちも、フローリアが匂いに気付いて近づいたことにより警戒を緩めた。

 そのうち慣れて愛玩犬のように散々もみくちゃにされる頃には、ディルの尻尾はだらりと下がり無抵抗でされるがままになっていた。

 人型だったら真っ赤になって硬直していたことだろう。人の話を聞かない罰だよ。でもある意味あれはご褒美かもね。


 僕は思い出し笑いをこぼし、揺れるタラップを踏み締め石畳の上に降り立った。


「ところでどうして僕が王子だって知ってたの?」


 僕の疑問に、今度はセシルが首を傾げる。緩く波打つ黒髪が肩に零れ落ち、黒水晶の瞳がじっと僕を見つめる。

 きらびやかな美貌の持ち主に凝視されると、男だと分かっていてもなんだか落ち着かない気分になる。


「あなたは有名ではありませんか。それに私もあの場にいたのですよ」


 歌姫の噂を聞いた彼は、微かな精霊の声や人々の話を頼りにヌンドガウに辿り着いた。そして広場で遠目に見た魔女の姿と耳にした歌声に戦慄したという。

 

 魔女が退治された時、力の大半はあるべき場所に戻ったが、残念ながら皮の行方は分からずじまいだった。

 再び始まった探索の旅。事件に関わった者なら何かを知っているかもしれないと、一縷の望みを抱いて内陸の僕らが住む森の近くまでやって来たそうだ。


「ふうん。ローズたちはその跡を辿ってきたんだね」

「そのようですね」

「わたくしは奪われた者たちの救済や支援も行っていたのですよ?申し出てくれれば良かったのに」

「……私にも後ろ暗いところがございまして」


 ローズの言葉にセシルはバツが悪そうに目を伏せた。確かに勝手に人の精気を吸うのは良くないから正体は隠していたかったんだと思うけどね。ヌンドガウで収めてくれたらここまで騒ぎは広がらなかったと思うんだ。


「人騒がせだなあ」

「まあ、そう言わないのよ、レピちゃん」


 お師匠さまに背中を軽く叩かれて、僕は肩を竦める。

 ローズは慌ただしく出迎える従者たちを下がらせ、そのまま皆で城の別棟に続く階段を登る。

 登り切った先の側廊を無言で歩き、明り採りの高窓から斜めに差し込む月光をぼんやり見ているうちに、ローズは一つの扉の前で立ち止まった。


 星星と伝承に残る月の神の紋様、金と銀の竜が向かい合わせに彫られた黒く大きな両開きの扉。表面には突起物が何もなく複雑に入り組んだ術式が刻まれ、見る者を圧倒する威容いようを誇っている。


「ここは魔女の持ち込んだ呪物を保管する部屋なの。下手に外には出せないでしょう?これから中に入るけど、目的のもの以外には手を触れないようにね」


 ローズは少し緊張した面持ちで僕らに告げ、式の刻まれた黒い扉の表面にそっと両手で触れた。

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