求のたまご

 求愛の為に踊る生き物は多い。竜も例外ではなく、本来なら尾を振り羽根を広げてお相手の周りで踊ったりもするのだけど、人間の世界でそれをやるのは難しい。


 実は試しに竜の姿でお師匠さまにやってみたことがある。でも見事に「可愛い~!」で流されちゃったよね。

 知識はあるはずなのに、全然そういう方向に考えないんだろうなあ。聚合の魔法使いは既婚者だって言ってたから、魔女だって結婚するよね?

「私の王子様」なんて思わせぶりなこと言うくせに、意識なんて全然してくれないし。

 

 内心の鬱々した気持ちとは裏腹に、陽気な音楽に乗せて足を踏み鳴らす。お師匠さまは僕の手を握ったままクルクルと回る。光に透けるくれないの髪が僕の顎の先をくすぐる。


「上手いじゃない、レピ!」

「……今の僕に出来ないことなんてないよ」

「あら、生意気。じゃあこれ出来る?」


 お師匠さまは挑むように微笑むと、ブーツの踵を鳴らし、軽くジャンプしてみせた。ここでムキになって挑発に乗ったらいつもと同じパターンだから、僕は澄ました顔で同じステップを刻む。


「やるわね。じゃあ、これは?」


 お師匠さまはスコップで土を掘るように踵を床に突き立てるようにして音を出しながら、左足を軸にして右回りに回る。僕は彼女の腕を取って、対になる動きを真似てみせる。

 口の形だけで「余裕」と笑うと、ムッとしたお師匠さまがムキになった。


 そうして足の動きをどんどん複雑にしていくものだから、僕もついていくのに夢中になる。

 いつしか周囲の音楽も風景も消え去り、2人だけで踊っているような錯覚に囚われる。見えるのは風に舞う炎の髪、僕を見据えて、僕だけを見る翠の瞳から目が離せない。今この時間だけは、移り気で気まぐれな彼女を独り占めしている気がした。


「あぶない」

「えっ?」


 お師匠さまの背中に他の参加者がぶつかりそうになり、僕は咄嗟にその体を抱き寄せた。手の中に収まる細い腰に、心臓が音楽よりも速いテンポを奏でる。

 それでも余裕のある表情を崩さず、にこりと笑って腕の中の彼女を見下ろした。


「ちゃんと周り見て、お師匠さま。それとももう疲れちゃった?」

「……!疲れてません!人を年寄り扱いしないで!」

「だって、お師匠さまの年知らないし」

「もういいから離しなさい」


 足だけは忙しなくステップを踏みながら、お師匠さまは僕の腕の中でじたばたする。珍しく慌ててるみたいだ。

 少しばかり意地悪な気分になって、踊りながら彼女の髪を梳く。チラリと見えた小さな耳が赤く染まっている。


「可愛い」

「可愛いのはレピの方でしょ」


 僕と目を合わせないお師匠さまの顔を覗き込んでも、彼女は頑なに足元を見たまま。

 いつまで経っても「可愛いレピ」のままじゃないの分かってるのかな。


「ねえ、こっち見てよ、寂しいから」

「もう!相変わらずあざといわね!」


 苦笑いでようやく目を合わせたお師匠さま。ダンスの決まりごとはあって無いようなものだから、お師匠さまの体を抱いて壇上をクルクルと踊り回る。

 そして僕は手を繋いだまま腕を伸ばし、ギリギリまで体を離して、今までで一番複雑なステップを踏んだ。軽くジャンプして空中に長く留まり両踵を打ち鳴らす。


 難易度の高いジャンプに「わあ!」と拍手と歓声が巻き起こる。誰かが興奮して叫ぶ声がするけど、僕の目にはお師匠さましか映ってない。これが求愛のダンスだったら、今頃OKしてもらってもいいくらいだ。

 

 もっとこっちを見て欲しい。僕を見て欲しい。僕だけを見ていて欲しい。

 人間の酒で酔ったりはしないけど、強い酒を飲んだ時のような酩酊と多幸感に包まれる。確かに僕はその時、幸せに酔いしれていた。


「フローリアがいなくなった」とマイノが血相を変えて走ってくるまでは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る