踊のたまご
お師匠さまの待機している詰所に行くと、まず最初に目に入ったのは聚合の魔法使いの巨体だった。
丈夫な魔獣の革で作った茶色の天幕の下に毛皮を敷いた簡易テント。その真ん中にだらしなく横たわり、退屈そうに欠伸をしている。街の人も参加者も一生懸命やってるのに、なんだこいつ。
あ、今なら僕より頭が低い位置にあるし髪の毛毟れるんじゃ……。そーっと手を伸ばしたら、魔法使いは閉じかけていた目をパチリと開いた。
「ん?ああ、なんだ、レピか」
「……お師匠さまは?」
見かけによらず勘のいい奴だ。僕はお行儀悪く舌打ちしそうになるのを堪えて尋ねた。
魔法使いは億劫そうに起き上がると、茶色の巻き毛をバリバリ掻きながらまた大欠伸をした。大きな体を目いっぱい伸ばす様は森の熊にも似ている。
「ふああああ。爆散なら休憩に行ったぞ、俺と交代で」
「その割にあんたはまだ休憩してるみたいだけど?」
「いいじゃねえか。ゲームが終わるまで誰も来ねえよ」
「いや来るでしょ」
現に僕が来てるし、途中参加・棄権の人が受付に来たりするでしょ?本当は銀の卵のことを聞きたかったけど、この熊みたいな大男に聞くのはなんとなく癪に障る。
立ったまま見下ろした男は、欠伸しすぎて涙の滲んだ瞳で僕を見上げた。
「で、なんか用か?」
「別に。お師匠さまのところに行く」
「相変わらずべったりだなあ」
「ほっといて」
揶揄うような口ぶりから逃れ、僕は祭りの中心部に向かう。後ろを振り返らなくてもニヤニヤ笑っているだろうことは想像できる。本当に腹立たしい男だ。
きっとお師匠さまは広場の周辺に出ている店で買い物でもしているに違いない。屋台で売られているフラムススの串焼肉が大好物だからね。
中心に近づくにつれ、軽快な笛や太鼓、弦楽器の音に混じって、お祭りを楽しむ人々の熱気が伝わってくる。
広場の噴水前では列を組んでダンスを楽しむ男女の姿が見える。この辺のダンスはあまり上半身を動かさず、足のステップのみで踊ることが多い。
奴隷がいた時代、歌うことも踊ることも禁じられた彼らが、外から見ても踊っていることが分からないように、複雑なステップを編み出したと、お師匠さまの持っていた歴史の本に書いてあった。
今では伝統的な踊りとしてみんなが踊ってるみたいだけど、人間の考える事って良く分からないな。何かを抑圧したところで自然に湧き上がる欲求を抑えることなんて出来ないんだから。
そんな風に思うのは、やっぱり僕が獣に近い本性を持っているからかもしれない。
「さあ、お集まりの皆さま!今年も街一番の踊りの名手を決定しますよ!踊り手の華麗なステップをご覧ください!飛び入り参加もお待ちしております!」
呼び込みの声に目を遣れば、中央に
その中に燃え立つような赤毛の人物を見つけて、僕の口は開けっ放しになってしまう。
「お師匠さま!?」
「レピ〜!」
慌てて駆け寄った僕の声が聞こえたのか、彼女は激しいステップを踏みながら大きく手を振る。
翠の眼は生き生きと輝き、動きに合わせて揺れる髪は炎を噴き上げる火の精霊のようだ。
ワンピースの裾を持ち上げて、楽しそうに脚を跳ね上げるたび、白いふくらはぎが見え隠れする。
ああ、もう、何してんの、丸見えになっちゃう。
「レピもいらっしゃいよ!踊りましょう!」
壇上から差し伸べられた白い手。踊ってる場合じゃないんだけど!
それでも僕にその手を取らない選択肢はなくて……僕は歓声に押し上げられるように壇上に立った。
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