音のたまご
とりあえずお師匠さまに聞いてみようと思い立ち、森の入り口を目指していた。
どこからか不思議な音楽が聞こえてくる。聞く者をうっとりさせるようでいて、哀しみを誘う音色。
梢の葉に落ちる雨粒のような、静かに零れる雫にも似た音階が、低く甘やかな歌声を乗せて耳に染み入ってきた。
卵のまま攫われて100年。故郷というのがどんなものか良く分からない僕でさえ、郷愁のような想いが胸に込み上げる。
音に導かれるように歩いて行くと、森の入り口の大きな切り株の周りに人だかりが出来ていた。立っている人の隙間からそっと覗いてみる。
すると先ほど出会った吟遊詩人が歌いながらリュートを爪弾いていた。大きな梨のような形をした楕円の胴に張られた幾本もの弦を、長く繊細な指先が撫でるたびに美しい音色が零れる。
嘆きにくれて伏し沈む
わたの底しづく白玉の
我が胸の
古い言葉で紡がれる詞の意味はよく分からないけど、哀しい歌なのはなんとなく分かる。それを見目麗しい男が物憂げに歌うせいか、周りを取り囲む若い娘達が涙を流して聞き入っている。
いや、いつもは陽気な露店のおじさんやおばさん達まで号泣してるみたいだ。なんかすごい。
よく見ると娘達の中にフローリアの姿も見える。大きな丸い目を真っ赤に泣き腫らして、小ぶりな鼻の頭も赤く染まっている。
マイノやディルあたりが見たら、誰かに苛められたのかと勘違いして憤りそうだ。
僕は曲が終わるのを待って、フローリアの近くに歩み寄った。
「素敵な歌だったね」
「……あ、レピさん。やだ、私ったら」
フローリアは小さく洟を啜り、恥ずかしそうに白い頬を染めた。マイノと血が繋がってるとは思えないくらい奥床しい子だなあ。
なんて、失礼なことを考えていたら、切り株の上から立ち上がった男がこちらに歩いてきた。優美な足取りで近づいた吟遊詩人は、フローリアに向かって優しく微笑みかけた。黒水晶のような瞳が光を反射してキラキラと輝いて見える。
「失礼、可愛らしいお嬢さん。あなたの涙を拭う栄誉を私にお与えください」
「え、あ、あの……私が勝手に泣いただけなので」
「私の歌を聞いて泣いてくださったのでしょう?ならばそれを拭うのは私の役目だ」
美しい男は懐から白い
うわ……あんな歯の浮きそうな台詞よく言えるなあ。その理屈だったらあそこにいた全員の涙拭って回らないといけなくなるよ?手巾何枚あっても足りないよ?
ぞわぞわと鳥肌が立ちそうな腕をこっそり擦って……と言っても僕の腕は人型の時も薄い鱗に覆われているので、なんかそんな気がするだけだ。
そして彼のそんな仕草を見た他の女の子達が、我も我も詰めかける。そりゃそうなるよね。
フローリアも魂を抜かれたようにポーッとなったまま、フラフラと彼の後をついて行ってしまった。
囲まれて笑顔で応対している彼に害意は感じられない。皆に対して礼儀正しく振舞っている姿は優雅で、僕よりよっぽど王子様みたいだ。
でもなんだかやっぱり胡散臭いんだよなあ。
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