銀のたまご
予想外に深い繁みの中を掻き分けて歩いて行くと、木々の下生えに埋もれるように、泉が湧き出ていた。こんな所に泉があったなんて知らなかった。
透明な水は光を透かし、底を泳ぐ小さな魚の鱗が煌めくのが見える。僕が追ってきた黄色の卵はコロコロ転がって、そのまま泉の中にぽちゃんと落ちた。
落ちちゃった。また水の中に入って取らないと……点数の低い黄色だったからそのままでもいいかな。
お師匠さま、今頃何してるのかなあ。お祭りだからって浮かれて指鳴らして何か爆破してないといいけど。
取りに行くのが少し面倒になって泉の縁でボーッとしていると、風もないのに水面がゆらゆらと揺れ動いた。
光の加減か底の方から何かが上に昇ってくる気配がある。あれ?ここって境界線のこっち側?向こう側?
咄嗟に身構えた僕の目の前で、輝く水の柱が一気に噴き上がり、次第に何かの形を取り始める。飛沫を撒き散らす水の形は、捻じれの状態からぼんやりと人の形になっていく。
警戒しながら見守るうちに、それは紅い髪と翠の眼をしたお師匠さまの姿になった。いつもと違うところと言えば、緑の冠を戴き白いゆったりとした衣装を身にまとっていることだ。そう、まるで女神みたいな。
呆然とする僕の前で、お師匠さま (仮)は白く嫋やかな腕を伸ばし、清流のような澄んだ声色で尋ねた。
「あなたが落としたのは、金の卵ですか?銀の卵ですか?それとも黄色の卵ですか?」
「……お師匠さま……何してるの?」
「いいから質問に答えなさい。この姿は仮そめよ。私は見た者の望む姿で現れるの」
おそらく泉の精霊、お師匠さま (偽)は、少々ぞんざいな口調でイライラしたように唇を歪めた。お師匠さまは僕にそんな言い方は決してしないから、本人じゃないのはすぐに分かる。
「え?何これ?余興?」
「めんどくさい子ね。こういうのはお約束でしょ?質問してるのはこっちよ」
「あ、ああ……ええと……黄色の卵です」
精霊の中にはせっかちな子もいるから、この子もそうなのかもしれないな。これもお師匠さまの作った演出なんだろうか。
促されるまま正直に答えると、彼女はにっこり笑って僕の手に三つの卵を手渡した。
「正直者のあなたには全部差し上げましょう。それではサヨウナラ!」
「え、ちょっ……!」
言うが早いか聖霊は泉の中に姿を消した。水飛沫も残さず、あっという間の出来事だった。待ってと言う暇もなかった。出て来る時の勿体ぶった動きとは大きな違いだ。
僕は手の中に残った三つの卵を見つめた。金と黄色は聞いていたけど、銀の卵ってどうすればいいの?
◇◇◇◇◇
参照『金の斧』イソップ寓話
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