転のたまご

 もう一度森の奥へ行ってみようと歩いていると、レイとアデーレが寄り添っているのが見えた。

 人目を惹く長い銀髪を三つ編みした美丈夫が、背の高い黒髪の美女に何事か囁いている。


 仕事中は革の鎧を身にまとっているけれど、今はレイも街の人達と同じ簡単な白シャツと黒いズボン、アデーレはブラウスに青いスカートを合わせて、2人とも歴戦の戦士には見えない。


 彼らが微笑み合う姿はとてもお似合いで目の保養になる。その周りで無邪気に走り回る幼いララとエイベルの姿も微笑ましい。


「ララ、あまりはしゃぐとまた転ぶぞ」

「大丈夫よ!パパ、あそこの木の枝の間にある青い卵取って!」

「わかったわかった」

「ララばっかりずるい。ぼくも」

「じゃあ、エイベルは肩車だ」

「わぁ~い!」


 人見知りのエイベルも家族といる時はワガママ言うみたいだ。レイは優しく笑いながら、まだ幼くて鷹としての特性を上手く使えないエイベルを軽々と肩に乗せる。


 一時期は誤解からアデーレに素っ気なくされていたレイだけど、あんな風にいい夫、いい父親になる日が来るなんて思いもしなかった。狼はつがいを見つけると一途って本当なんだなあ。

 一緒に旅してる時は大変なこともあったけど、この森にみんなが集まって楽しんでくれているのが嬉しい。

 家族水入らずを邪魔しないようにそっと木の間に紛れる。レイは鼻が利くしアデーレは目が良いから気配を消すのも大変だ。


 ああ、僕もあんな風になりたいなあ。誰とってそりゃ……もちろんお師匠さまだけど、あの人の鈍さは筋金入りだから気長にいくしかない。僕が長命な種族で良かったよ。

 怒られるからお師匠さまの年齢を聞いたことはないけど、もう結婚できる年齢のはずだ。僕が100年間卵の中にいた頃生まれたならもしかしたら僕より若いかもしれないよね。

 

 うーん、でも竜種と魔女の子供ってどっちに似るんだろう。獣人同士、もしくは獣人と人間の場合は、両親どちらかの容姿と特性を受け継ぐんだけど、魔女の繁殖方法って謎だ。

 その辺のところは「まだ早い」って教えてくれなかったんだ。早いって言っても僕ももう成竜だし、いま聞いたら教えてくれるのかな。竜種のことは両親に聞けばいいとして……。


 いや、でも、まだ何も始まってないのに子供のこと、というか子作りのこと聞くのってどうなの?僕、あまりにカン違いしてない?恥ずかしすぎない?


 一人で赤くなったり青くなったり、ブツブツ言いながら歩いていた僕は完全に不審人物だったかもしれない。

 気付けば森の奥深く、お師匠さまが立ち入り禁止区域に定めた場所の近くまで来ていた。大きな赤いバツの描かれた木の立札。

 一見雑だけど、お師匠さまの安全対策は抜かりない。結界に阻まれて大型の魔物は出てこられないようになっている。出てきたとしても僕なら対処できるけど、近寄らないに越したことはないよね。


 そう思って後退った僕のブーツの踵に、何か硬いものが触れた。軽い感触から察するに卵だ。踏み潰さなくて良かった。

 振り返った弾みでまた蹴ってしまった黄色い卵が勢いづいて、そのままコロコロと転がっていく。


 僕は転がる卵を追って、繁みの中へ分け入って行った。

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