災のたまご

 ローズ姫の話によると、海に近いクライナート王国から事件は起こった。


 海沿いの村や街に住む若い娘が姿を消し、数週間後には戻って来た。だが、全員魂を抜かれたようにぼうっとして、いなくなっている間の記憶をなくしているらしい。


 事件はそれからも続き、国境を越えてヌンドガウにも被害が広がり始めた。命までは取られないし、娘達も数日すれば元に戻るのだが、記憶がない間に何があったのか分からないので外聞も悪い。


 ローズは説明しながら籠を振り振り草の上を歩き回った。その間もクラウスは元気な妻の些細な動きすら見逃すまいと目を凝らしている。ねえ、気持ち悪いからまばたきしようよ。


「レピはなんだと思う?」

「犯人の正体?」

「ええ」

「なんだろう……生気を吸う魔物?ヴァンパイアとか、夢魔みたいな?」

「血は吸われてないみたいなのよね。それにどの娘も抵抗した跡も見られないらしいわ」


 ほっそりした白い首を傾げた彼女は、薔薇色の艶やかな唇を軽くすぼめた。

 吸血鬼ヴァンパイアに血を吸われた人間は記憶をなくすらしいけど、違うならなんだろう?夢の中に顕れる夢魔ならば、娘達がいなくなるのはおかしい。

 その時、僕はある仮説に辿り着いて、言おうか言うまいか少し迷った。じっとローズを見つめると、彼女は器用に片眉をあげて、先を促した。


「……前に君の継母が使ったみたいな魅了の魔法の類いじゃないかな」

「誘拐犯は魔法を使うってこと?」

「分からないけど」

「誘拐には若い男が絡んでるらしいわ。複数の目撃情報もあるのよ。きっと街から街へと渡り歩いて物色してるのね」

「若い男……」


 人買いに売り飛ばす訳でもなく、数日して元に戻すにしても、目的が分からないことには人々の不安も拭いきれないだろう。


「この辺りにも現れてるって情報が入ったの。真偽の程を確かめてみないとね」

「えっ」

「えっ」


 彼女の言葉に僕とクラウスは慌てた。まさかと思うけど、姫様自ら事件解決に乗り出そうっていうんじゃないよね?

 顔を見合わせる僕らの前で、ローズは勇ましくワンピースの腕をまくった。


「なんの為に窮屈なお城を抜け出してきたと思ってるの。なんならわたくしが囮になってもよろしくてよ?」


 いやいやいやいや、ちょっと待って?それはさすがにダメでしょう。無鉄砲にも程がある。クラウスも大慌てしてる。


「ダメだよ、ローズ!君が攫われたらどうするんだ」

「攫われないように守るのがあなたのつとめでしょう?出来ないなら一人でお帰りなさい」


 ローズの瞳にそそのかすような色が浮かぶ。クラウスは困った顔で彼女を見つめ、やがて渋々といった様子で「分かった」と頷いた。


 この2人っていつもこんな感じなのかな……。

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