水のたまご
「あなたがノロマなのよ、ヴォジャ」
ローズは形よくツンと尖った鼻を上向けて、素っ気なく言った。優しげな面立ちの彼は、ローズの夫だ。
ヌンドガウの隣国、クライナート王国の第二王子、クラウス・フォン・クライナート。婿入りした今はヌンドガウか。
「もうヴォジャじゃないよ、クラウスだってば」
「あなたなんてヴォジャで十分。クラウスなんて生意気よ」
「そんな~」
ヴォジャ、すなわちクラウスは、今でこそキラッキラの美丈夫だけど、僕が出会った時の彼は邪悪な魔女の呪いでそりゃあもうヌルヌルのベトベトだった。
月の満ち欠けでカエル人間から老人の姿に変わる呪い。おまけに知性もそれに合わせて変化するので、姫も同一人物だとは思わなかったようだ。
しかも彼女は渋好み。老人の彼に結婚を申し込んでキスしたら、呪いが解けて大騒ぎになった。どんな手を使ったのか分からないが、結婚できたのだからヴォジャは上手くやったのだと思う。
呼ばれた結婚式で姫がすごい形相で夫を睨んでいたのは見なかったことにしておきたい。今の会話から察するに、ヴォジャは完全に尻に敷かれているようだ。僕は少し遠い目になった。
「2人で来ちゃって大丈夫なの?王様は?」
「少しくらい平気よ。お父様は私達に頼って楽ばかりしようとするから、いい薬だわ」
「………お供や護衛の人はいないの?」
「そんなものゾロゾロ引き連れてきたら邪魔じゃない。街の外に待機させているわ。この森は安全なんでしょう?」
「いや、でもさあ。君、いちお王族なんだし……」
「あなただって自由にしてしてるじゃないの。玉座に座って人に指図するだけの生活なんて耐えられない!息抜きに来たの!煩いこと言わないで」
一つ言えば十も百も返ってくる姫の言葉。僕は同情を込めた目でヴォジャ、いや、クラウスを見つめたが、彼はそんな姫をウットリ眺めている。
あ、だめだこれ。抑止力がいない。じゃじゃ馬暴走中といったところか……。
「それにね。ちょっと気になることがあるの」
姫は今までの勢いを抑え、周りを警戒するように見渡しながら声を潜めた。知らず僕の声も小さくなる。
「気になること?」
「最近我が国や周辺の国々で、若い娘が急に姿を消す事件が増えているのよ」
そう言ったローズの頬は、憤りの為か薔薇色に染まり、青い瞳はそれを上回る好奇心に輝いていた。
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